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韓国映画の通奏低音「ブルース」

 14時から甥っ子が出演するお芝居が新宿御苑であるので、その前に新宿武蔵野館で韓国映画「アシュラ」を観る。

いやー、オモロイ!

前回、「新しき世界」という韓国映画を観て思わず映画評を書いてしまった。
http://www.net-sprout.com/iitaihoudai/200koreanmv.html

それ以来の韓国フィルムノワールの傑作再び!

 の「新しき世界」で、勝手に絶賛したファン・ジョンミンが今回は極悪非道の完全にトチ狂った市長を怪演している。最初、「あれ?この役者誰?ファン・ジョンミンに似てるけど違うよな?」と思ったのだが、少し老けたメイクのせいでそう思い違いしただけだった・・こんなファナティックな演技ができるのは、やはり、ファン・ジョンミン以外にはありえない。

 新しき世界」であれほど、狂気の中にキュートさを溢れさせた演技を見せたファン・ジョンミン・・今回、そのキュートさは皆無!絶無!封印!なぁーーんもない!見事にない!だがキュートさが完全皆無な分だけ狂気の演技は前作以上にスクリーンに横溢する。ファンのこの狂った演技が、今作で市長と検察のハザマで苦悩するチョン・ウソン(「新しき世界」で二重スパイを演じたイ・ジョンジェに相当する)や、市長を追い詰める検事役のクァク・ドウォン(「新しき世界」でのチェ・ミンスク)の演技の印象度合いを相対的に引き立たせる。

 た、前作「新しき世界」で、僕が「ゴッドファーザー」や「仁義なき戦い」以上の名暴力シーンといった地下駐車場での襲撃シーンにも相当するラストの葬儀場での死闘シーンやカーチェイスも素晴らしい!

 ただ、映画自体の洗練度や完成度や僕にとって大事な「もう一度観たいなぁ度」からすればやはり「新しき世界」に軍配は上がる・・・本作は少し長いのだ。

 が、今作は「新しき世界」にはなかった素晴らしいものがあった・・・それは音楽である。

 要所、要所でマンドリンを伴って奏でられる音楽は「ブルース」・・しかもそれがなんとロバート・プラントなのだ!

 バート・プラントがブルース、カントリーに回帰していることについては、アリソン・クラウスに絡めて以前書いたことがある。
http://www.net-sprout.com/iitaihoudai/099alison.html

 映画のエンドロールで流れるロバートの「Satan your kingdom must come down」・・・これは2010年に発売されたロバート・プラントのアルバム「BAND OF JOY 」からの一曲である。バックはパティ・グリフィン、バディ・ミラーそれにダレル・スコット・・どのミューシャンも僕のファバリット達・・・僕が過去になんども書いたCD評の常連が名を連ねている。

パティ・グリフィン
http://www.net-sprout.com/iitaihoudai/104patti.html
バディ・ミラー
http://www.net-sprout.com/iitaihoudai/154buddy.html

ダレル・スコット
http://www.net-sprout.com/iitaihoudai/126scott.html

 う・・・韓国映画に共通する通奏低音は「ブルース」だっのだ。

 ブルースとは何か?については色々な定義があるのだろうけど、僕のブルースの定義は「誰もわるくないのに悲劇は起こる」である。

 この言葉を僕に教えてくれたのはギタリストの大村憲司さんだった。

 や、その定義「誰もわるくないのに悲劇は起こる」という言葉そのものは憲司さんのオリジナルではない。彼と親しい女性ミュージシャンが彼に発した言葉がそれであったのだ。

 以前、韓国の女性とお酒を飲んでいた時、彼女が祖母から聞いて印象に残っているセリフがあると言って教えてくれた言葉・・「朝鮮民族は他国に占領、侵略されたことはあっても、決して他国を占領したり侵略した歴史を持たない民族・・そのことだけは他民族に誇っていいことです・・」

 僕には、その言葉は「誰も悪くないのに悲劇は起こる」という言葉と重なって聞こえる。

 アシュラ」で描かれている韓国の実情はあまりにヒドい!酷すぎる!だがそれは決して誇張ではなく、また昔の話でもなく今現在の韓国そのものなのだろう。それは朴槿恵大統領の一件でも明らかだ。だが、大統領をデモによって辞任させられることができるお国柄、またそんな政治の酷さや韓国社会の底知れぬ闇を映画でこれだけ描き出せる
「表現の自由度」
は、我が国に比べてはるかに大きい。

 安倍総理や稲田防衛相と森村学園の事件で大規模なデモが起きる訳でもない日本とは彼我の差があるように思えてならなかった。

 の彼我の差は、少なくとも、韓国映画アカデミー賞があれば「シン・ゴジラ」や「君の名は」などが受賞することはなかったであろうこととの「差」でもある。

 


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