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「プロデュースって何?」「レコーディングって何?」「音って何?」「アナログって何?」「ミックスって何?」

 「 akiko/矢野顕子」関係のパブリシティは結構効いていたのでいくつか雑誌を読んだ。マーク・リーボウやジェイ・ベルローズの単独インタビューもとても面白かったけれど、なんと言っても「Sound & Recording Magazine 12月号」に掲載されているプロデューサー「T・ボーン・バーネット」のロングインタビューは、この傑作アルバム誕生の秘密を解き明かすと共に「プロデュースとは何か?」「レコーディングとは何か?」「音とは何か?」「アナログとは何か?」「ミックスとは何か?」という根源的な問いかけに対する彼の見事な解答集になっているので何度も読み返している。

 〜 素晴らしいミュージシャンに指示するなんておこがましいよ〜

● 矢野さんのデビュー作「Japanese Girl」をリリース当時から聴いていたそうですね?

「多分誰かからもらったんだけど、アキコがとても美しいメロディを歌っていた。私には、それが伝統的な日本のメロディに聴こえたんだ・・・・<中略>・・・当時聴いたレコードの中で、「Japanese Girl」は二つの音楽スタイルを混ぜたハイブリッドとして最も成功した例だった。衝撃を受けたし、何度も聴いて記憶に焼き付けたんだよ。長年このアルバムを愛聴してきたから、昨年(2007年)彼女から連絡をもらったとき、本当にうれしかったね。」

 ● アルバムの方向性については、どのような話し合いが持たれたのでしょうか?

 「あまり覚えていないな。流れるようにアルバムを制作したからね。でも彼女が書いた曲をたくさん聴いたことを覚えているよ。彼女と会話していく中で、彼女はさまざまなアイデアを語ってくれた。私は基本的に彼女の曲を聴いて、話を聞くようにしていただけさ。それを吸収して、アルバムのヴィジョンを自分なりに思い描くようにしていた。アルバムのほとんどは、一発録りだったんだ。彼女がピアノを演奏して、マーク・リーボウがギターを弾いて、ジェイ・ベルローズがドラムを叩いた。多くの人が多重録音するのは、レコーディング技術を学ぶためのものだ。私も昔はたくさんやったよ。でも今、最もやりがいがあるのは、ミュージシャンたちが一緒に素晴らしい演奏をして、それを目の当たりにしながらレコーディングすることだ。そんなミュージシャンたちの間のコミュニケーションを記録することが大事なんだ。」

 ● 演奏している音に無駄がないというか、使う音が厳選されているような印象を受けたのですが、どうやってアレンジを進めていったのですか?

「アキコのピアノの演奏が、アレンジの中心になっているんだ。彼女がどうピアノを演奏するかでアレンジが決まるんだよ。アキコ、リーボウ、ベルローズは天才だし、三人とも優れたアーティストだから、私はただ彼らの邪魔をしないようにしているだけだ。私自身は彼らと同じレベルでは演奏できないし、彼らに指示を出すなんておこがましいよ(笑)」

 〜 ミックスで使った私の卓は彼女の1st でも使われたもの〜

● akikoでは、何より一つ一つの音が太く感じられることに驚かされました。これには何か特別な音作りの秘密があるのでしょうか?

 「何年間も実験を重ねてきた結果だね。幾つかのシンプルな原理に基づいているんだ。音というものはすべて、反射しているんだよ。なので、スタジオの中にある物体の表面は、レコーディングにおいてとても重要だ。それが音の本質とも言える。だから、スタジオの中では絶対にプラスティック製のものは使わない。」

 ● “表面”というのは、楽器の材質やスタジオの壁などのことですか?

「そう。例えば、プラスティックのドラム・ヘッドを使わず、子牛の皮のヘッドを使っている。あと、床や壁の表面も重要なんだ。音を反射するからね。ほかにも、スタジオに置かれているものの形によって、音の反射が変わる。こういった要素が重要なんだ。スタジオにはプラスティックの楽器ケースも置かない。そういうものがあると、音の反射も良くないし、形も良くない。私がこういうことを話していると、頭がおかしい人に聞こえるんだろうね(笑い)」

 ● そのほかにもあなた独自の工夫をしている点がありますか?

   「・・・・・・高域が強い楽器の音の方が音のスピードが速いから、低域が強い楽器の前の方に置かないといけない。だからスタジオでも、なるべく音が自然に聴こえるように楽器を配置することが重要なんだ。大げさなレコーディングをするよりも、そういうことが大切だ。私がかかわる作品は、ディズニー・ホールで聴くシンフォニー・オーケストラと同じように、音質がいいものであってほしい(笑)。ブルースやカントリーのようなジャンルであっても、シンフォニーのように美しくて深みのある豊かなサウンドで録音することができるんだ。」

 ● そうしたアコースティックに関することだけではなく、使用する機材などで特徴的なものはあるのでしょうか?

 「・・・・・・あと、ミュージシャンには静かに演奏してもらっているんだ。それが一番重要なキー・ポイントなんだよ。最終的なサウンドは大きくて低音が効いているんだけど、静かに演奏してもらっているんだ。そうすることで、楽器のアタックが減って、“ 鳴り ”が増えるんだ。過去のレコーディング技術では、アタックばかりに焦点が当てられ、” 鳴り ”が軽視された。そして、サンプリングに基づいているデジタル機材というのは、正確な音の反映ではない・・・少なくとも私はそう思っている。」

 ● コンソールなどのレコーディング機器も古いものなのでしょうか?

 「面白い話があるんだ。ミックスに使用した私のスタジオ、エレクトロ・マグネティックにある卓は、もともとサンセット・サウンドの1stにあったものだった。実は、彼女はそこで「Japanese Girl」のレコーディングとミックスを行ったんだ。私は何年も後になってこの卓をフィラデルフィアで見つけて買った。さらに言えば、「akiko」でカバーしているドアーズやレッド・ツェッペリン、その他にもローリング・ストーンズ「メイン・ストリートのならず者」のレコーディングでこの卓が使われた。歴史的なスタジオで使われていた、歴史的な卓なんだ。」

 〜 アナログ・マスターは油絵と同じ“オリジナル”だ〜

● 本作のレコーディングにはアナログ・マルチを使ったと聞きましたが、その理由は?

「私はいつでもアナログ機材を使っているんだ。今は最終的にはデジタルのメディアでリリースされるから、編集にはデジタルを使う。でもミックスはテープに戻す。テープがマスターになるんだ。テープの方が安定したマスター・メディアだし、作品を高品質のまま保管しておくことができる。このマスターは油絵と同じように、コピーではなく、オリジナルなんだ。」

 ● 現在はアナログテープの生産が終了していますが、あなたの意見を聞かせてください。

 「アナログ・サウンドというのは独自の世界で、デジタルの出現で改良されたわけではない。編集と持ち運びについてはデジタルが優れているけど、純粋な音質面で言えばアナログが優れている。今、私は最高品質のデジタル・サウンドを提供するために、いろいろな作業をしているんだ。デジタル・サウンドは避けられない事実だから重要なことだし、私も無視はしてはいない。むしろデジタル・サウンドをできるだけリスペクトするようにしている。つまり、私のスタジオでレコーディングした作品については、自分でオリジナル・マスターを元にすべてのフォーマットを作るようにしているんだ。例えばアナログ盤をほかの人の手によるさまざまな変換を経た16ビットのデジタル・コピーをマスターにして作るとか、そういうバカげたことはしない。アナログからアナログに直接落とすんだ。今の時代は、16ビットに落としたものをさらに知らない人がコピーをして、圧縮してMP3を作る(笑)。そこから誰かが訳の分からないコンバーターでリッピングする。音の品質管理がメチャクチャになっているんだ。だから、自分たちで管理して、すべてのフォーマットのおいて最高の品質のファイルをつくようにしているのさ。」

 ● ミックスに関して、本作で心がけたことはありますか?

  「リーボウの演奏は、あえて小さくしてあるんだ。彼の熱烈な演奏は素晴らしいんだけど、音量を大きくしてしまうと、アキコの声を圧倒してしまう、でも空間を作ってあるから、リーボウの音が背景で鳴っていても大きく聴こえるんだ。さっきシンフォニーの話をしたけど、シンフォニーの後ろにシンバルを配置するのと同じだよ。音量というのは、デシベルだけじゃなく、デプス(奥行き)で作り出すこともできるんだ。音量の上下だけでなく、距離で音量の感覚を作り出すこともできる。リーボウの演奏は、奥に配置すればするほど、大きく聴こえたんだ(笑い)」

 ● 実際にはどのようにしてミックスでそんなに奥行きや音量感を表現するんでしょうか?

「コンプレッサーやEQを使いすぎないようにすること。そして音色と音色を組み合わせて、そこから新たなグルーブを作り出すこと。私たちはサウンドを組み合わす作業をしているんだ。絵の具を混ぜ合わせるのと同じなんだよ。二つの色彩を混ぜて、そこから新しい色を作るのと同じだ。バランスが大切なんだよ。まず優先しなければならないのは、アーティストが作品を通して伝えたいストーリーなんだ。すべての音作りは、そのストーリーを生かすために行うんだ。録音する時はヘッドルームや倍音の余地をたくさん残してあるから、後でレベルを上げることで音に生命が宿る。だからミックスというのはさまざまな音色のバランスをとる作業なんだ。最近のミュージシャンは、音符より音色で作曲していると感じることもあるよ。」

 ● 最後に、完成したアルバム「akiko」についてどんな感想を抱いていますか?

「美しいパッケージのCDが最近届いて、再び聴き返して思ったのは、私が今までかかわった中でも、最高の作品の一つだ。1stの「Japanese Girl」と新作「akiko」との間には、強いつながりがある。1stにあった誠実な表現法と素晴らしいサウンドを、新作でも反映させたかった。ドアーズがかつて使用した卓を通して、アキコは「People are Strange」(まぼろしの世界)をカバーした。。だから、音響的な意味でも、その他の意味でもつながっているんだよ。しかも、「Japanese Girl」は30年前の作品だけど、21世紀に適した新作を作ることができたと思う。確かなのは、私はアキコ・ヤノが大好きだってことだね(笑)」

 以上、「Sound & Recording Magazine 12月号」((C)2008リットーミュージック)P34~37より引用

 近 づきがたいマエストロのようなコワいイメージなのに、拍子抜けしそうなほど謙虚、むしろユーモアすら感じさせる、気さくなお気楽インタビュー!

 だが、その言説は、単なる雑誌インタビューの答えにも拘らず、音楽に対する姿勢は微動だにせず、少しも間然することがないので、むしろ「美しい!」とため息をつきたくなるほど理路整然としている。

 同 じ記事に矢野顕子自身のインタビューもある。

 彼女がTBBにアルバムの制作を依頼するに際し、何曲かデモ曲を聴いてもらった時のこと・・・

 ● それに対してバーネット氏からはどんな反応があったのですか?

「はっきりと彼が“こういう方向で”と言ったことはないんです。ただ最初に用意した曲を演奏して聴かせたときには、あまり両手をあげて喜ぶといった反応ではなかった。“これはもしかして私が間違っているのかな?”と思いました。彼はそのとき、自分がやっていたプロジェクトの音を聴かせてくれて。それを幾つか聴いているうちに、私が最初に書いていた曲は“今までの私”であって、そういう曲は自分でやれば?ということなのかなと。新しい自分をTボーンに作ってもらうのにふさわしい曲を作ってこいということなんだな、と私は解釈しました。それまで作りためていた10曲をオクラにしたんです。」

 以上、「Sound & Recording Magazine 12月号」((C)2008リットーミュージック)P36より引用

 ま るで助手とともシスティーナ礼拝堂の天井に描いたフレスコ画を「これが描きたいわけではない!」と気づくやいなや、それまでの絵画を壁ごと削り取り、助手もすべてクビにし、今度は一人であの傑作絵画群を描き直したミケランジェロの話を想起させる、すさまじきエピソードである。

 たかが、一介のロックミュージシャンにルネッサンスの大天才ミケランジェロの例えはおおげさな!という意見に僕はくみしない。

 矢 野顕子はTボーンに「曲を書き直したらどう?」と言われたわけではない。ただそのわずかな表情の揺れから、瞬時にそのメタファを明確なメッセージとして理解し、そこそこの作品であったろう10曲を何のためらいもなく破棄し、その後のわずかな時間で、これほどの傑作曲を書いたのだ。これこそまぎれもない天才の資質である。

 先 日事務所に来る電車の中で塩野七生さんの「ルネッサンスとは何であったのか」という本を読み返していたら、ユリウス・カエサルの言葉で

 「人間なら誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない。」

 というのがあった。

 僕 ら凡人の数万倍も真実を見極めようとする芸術家の一人である矢野顕子とて、なかなか自分の内面を冷徹には見極められないのだろう。

 おそらくT・ボーン・バーネットは

 「akiko・・・きみはまだ、見たいと思っているところの君しか見ていないよ。もっと君の内側を静かな気持ちで見つめてごらん・・これまで無意識にさけてきた君自身が見えてくる筈・・・それは、君が思っているより、ずーっと素晴らしい君自身だよ・・」

 今 回のプロデュースとは結局のところそういうことだったのではないか、と思わされた・・・って「大妄想だろ!」「ウィッ!」by(オードリー/春日)


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