前のページへ 次のページへ 「エートス」こいて、もぉ〜!トップへ Net-Sproutトップへ
アリソンを受け継ぐもの・・・折れ曲がった蒸溜器

 稀 代の美声の持ち主にして、稀代のフィドル弾き・・・天がうっかり二物を与えてしまった希有なシンガー・フィドルプレイヤー「アリソン・クラウス」については、もう何度も書いている。

 まさかそんなアリソンの資質を、他のミュージシャンが受け継ぐってことが「アリソン?」・・・ある筈がない、だって「稀代」の「希有」の「稀種」という「稀」の三段重ねだもん・・・でも、あったのである。やっぱアメリカは広く、そして底知れず深いんだなぁ。

 し かし、さすがにそれはソロプレイヤーではなかった。ボストンのブルーグラスバンド「CROOKED STILL」は五人組である。

 新宿タワーレコード9Fの試聴機でこのアルバムを聴いた時には驚いた。特に3曲目「CAPTAIN CAPTAIN」には衝撃を受けた。まるでアリソン・クラウスとユニオン・ステーションをう〜〜んと洗練し、若やいだ衣装をまとわせた・・そんな感じだったのだ。新鮮!

 その理由はすぐわかった。なんとメンバーの一人がチェロなのだ。ボーカル、フィドル、バンジョー、ベース、ここまでならわかるが、そこになんとチェロ!だがその意外な楽器の存在が、ブルーグラス進化系というべき実にフレッシュで洗練された音楽が生成している。しかもボーカルの「AOIFE O’DONOVAN」(オイーフ・オ‘ドノバンとでも読むのかな?)の歌声は、アリソンのようにどこまでも天上界に向かって伸び上がる声質ではなく、むしろ逆に地表を突き抜け、地下の冥府に向かうかのようにダウナーな声質である。アリソンの声を少しだけくぐもらせ、その分しっとりした情感をたたえているといえば解ってもらえるだろうか。

 オ ‘ドノバン・・・「O’」はアイルランド語(ウェールズ語)では「息子」の意味である。つまりその意味は「ドノバンの息子」、だからサリバンの息子は「オ’サリバン」、ニールの息子は「オ’ニール」・・・これがスコットランドに行けば「MAC」になる。クィーンの息子は「マックイーン」、アーサーの息子は「マッカーサー」、アントニーの息子は「マッカートニー」といった具合に、苗字を見ればその出自がわかる仕組みになっている。

 と ころでこのアルバムのジャケットはとても美しい。少し滲んだ風景の向こうに、ケルテイッククロス(円の中に十字架が浮き上がるケルト特有の十字架)の墓標がヒースの中に斜めに立っている。

 つまり、このジャケットは少なくともボーカルの「オ‘ドノバン」は、ブルーグラスの故郷といっても良いイギリス、もっと言えばケルトの末裔「アイリッシュ」、「ウェールズ」や「スコテイッシュ」の子孫であることと、彼女らの音楽のルーツのありかを、その墓標のかたちを通じて教えてくれている。

 ス コッツやアイリッシュの祖先、平和の民ケルト(ラテン語ではガリア)は、その昔、アルプス山脈の北側で自然神を信仰し静かに暮らしていたが、古代ローマ人とゲルマン人の相克に巻き込まれ、逃げるようにドーバー海峡を渡る。

 だ が彼らの多くは、逃げ渡ったブリテン島でも、その後に渡ってきたノルマン人や、ゲルマン民族の一派、アングロ族やサクソン族に追い立てられ、徐々に北部に押しやられる。北の果てまで追いつめられた彼らを待っていたのはジャガイモ飢饉!かれらはさらに、アメリカ大陸へ渡る。ヨーロッパ大陸からブリテン諸島に・・・そこからさらにアメリカ大陸に渡るしか生きのびる手段を持たなかった悲劇の民族ケルト。

 し かし悲劇はそこで終わらない。なぜなら新大陸ではすでにアングロサクソンの末裔達のブリティシュ・コミュニティがエスタブリッシュされていて、新参者のスコッツもアイリッシュもともに、その下層階級でしか生きる手段がなかったからだ。だから彼らは警察官や消防士という危険な仕事に従事していく。

 だ がそこにすら入りこめなかった負け組の彼らは、さらに追われるようにアパラチア山脈に沿って南へ、南部へと落ちていく。あるものはフィドルを、またあるものはギターを抱えながら・・・彼らはふるさとの歌を歌い、踊りながら故郷を偲ぶ。ブルーグラスもそんな悲劇の歴史を持っている音楽である。もちろん、「チータカチータカ」と聴こえる音楽は、むしろ明るくのーてんきにも聴こえるが、その音楽の奥には、長い苦難の歴史も刻まれている。名字に「O’」を持つボーカル「オ‘ドノバン」はその末裔の刻印を生まれながら背負っている。

 だ から彼女の歌声の奥にはかすかに悲劇性が見え隠れする。だが、イギリスからの移民が最初にその地に足跡を残したボストン出身の若者たちは、南部のブルーグラスをより洗練させ、進化させることにより、ご先祖達の音楽を自らの世代のものにすることに成功した。

 ド イツ移民の子、アリソン・クラウスとはまた違った個性を際立たせる「折れ曲がった蒸溜器」(CROOKED STILL)・・もちろん、密造酒を作る蒸溜器の意味、を自らのバンド名にした彼らの今後に注目するとしよう !

 ムーンシャイナーに乾杯!


前のページへ 次のページへ 「エートス」こいて、もぉ〜!トップへ Net-Sproutトップへ