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スタバの陰から応援しております。

 大 学教授を退官した恩師に「これからの先生のご活躍を、“草葉”の陰からお祈りいたしております」というハガキを出した女子大生がいた。冥土からの激励にさぞかし恩師も面食らったであろう、という文章を読んだのは、僕が中三の時、吉行淳之介のエッセイの中だった。しかもその女子大生は国文科の学生だったそうである。うひゃひゃひゃ!

 草 葉、じゃなかった、墓場・・でもなかった「スタバ」スターバックスのレーベル「HERE MUSIC」からの新譜、ジョン・メレンキャンプの「LIFE DEATH LOVE AND FREEDOM」(写真左)はT・ボーン・バーネットのプロデュースである。ジョン・メレンキャンプとT・ボーン・バーネットの出会いとくれば、いやがおうでも期待してしまうが、期待に違わず素晴らしい内容になっている。

 す でにスーパーロック歌手であり、ブルース・スプリングスティーンやトム・ペティに比較されることも多いジョンだけど、21世紀になってからの彼の音楽は一頭他に抜きん出ている。

 僕がそう感じたのは2002年のジョンのアルバム「トラブル・ノー・モア」(写真中)を聴いたときである。

 そ れまでのジョンも好きだったけど、このアルバムは、サウンドは、よりルーツに寄っていて力強くブルージーでフォーキー、またその歌はシンプルかつ強い意思力をもって僕のこころにソクソクと迫ってきたのだ。

 全曲カバーのこのアルバムで彼が取り上げたのは、ロバート・ジョンソン、サン・ハウス、ホーギー・カーマイケル、ウィリー・ディクソンなどクラシックブルース、クラシックフォークであるが、どれもオリジナルと同じように説得力を持った歌になっている。

 デ ビュー時、プロデューサーに「芸名が決まったよ、今日から君は“ジョン・クーガー”さ、おめでとう!」と言われてから彼の音楽人生は呪われてしまう。そりゃそうだ、ロックを歌うのになぜ「クーガー」なんて動物(写真右、ま、ピューマですわよ!)の名前???まるで“ジャガー横田”のような名前をつけられれば気持ちも萎えよう。だがそれから25年間、名前を三度も変えながら、今は「ジョン・メレンキャンプ」という本名のもとに完璧に迷いを払拭し、50才の齢を重ねた今の彼ならではの説得力に満ちた歌がおさめられているのがこのアルバムなのだ。とくにラスト曲「TO WASHINGTON」は反ブッシュ、反イラクの明快な反戦ソングである。

 「 イラク撤退」を訴えるオバマが有力な次期大統領候補である2008年の今ならまだしも、2002年当時はまだブッシュ支持が大勢であった頃だから反戦の意思表示をするには勇気が必要であったろう。だから当然にマスコミから袋だたきにあっているが、そんなことにめげるジョンではない。なにせ「ジョン」は「ヨハネ」の英語読みである。「洗礼者ヨハネ」か「黙示録のヨハネ」かは、わからないが、厳格なキリスト教徒としてドイツからアメリカに渡ってきたメレンキャンプ一家のミッション遺伝子は不良の息子ヨハネ=ジョンにも確実に受け継がれている。だからこのアルバムで「JOHN THE REVELATOR」(啓示者ヨハネ)というトラディショナルソングが「TO WASHINTON」の前にそっと置かれている。彼はメレンキャンプ一族に脈々と流れるミッションを、聖書ではなく音楽で果たしているかのようだ。だから彼のメッセージは少しも説教臭くなく、説得力に富んでいる。

 実 はこの頃もう一人のアメリカ南部のロックの巨人が明快な反ブッシュソングを歌っている。それは「アル中、ヤク中、ムショ暮らし」を経験し、その音楽の背骨に鋼鉄の脊髄をはめ込んだ筋金入りの”硬骨漢”「スティーブ・アール」が歌う「ジョン・ウォーカーズ・ブルース」(イェルサレムに収録されている)である。この二人に加えて、若い女だてらにブッシュについて「みんなは知っていると思うけど、私たちはテキサスから大統領がでたことを恥ずかしく思うわ」と発言してバッシングされ、命の危険にまでさらされた”ディクシー・チックス”の三アーティストは本当に勇気ある人々である。

 ま たこのアルバムには、これらグレートソングライターのカバーに混じって「ルシンダ・ウィリアムス」の名曲「ラファイエット」(彼女のデビューアルバム「HAPPY WOMAN’S BLUES」の1曲目に収録)のカバーがあるのがとっても嬉しい。僕はこの曲が大好きなのだ。ルシンダはその20年後、20世紀の掉尾を飾る大傑作アルバム「CAR WHEELS ON A GRABEL ROAD」でこの曲と対を成す「レーク・チャールズ」という名曲を発表しているが、それは彼女の生まれた街「レーク・チャールズ」への思いと憧れの街「ラファイエット」への複雑な思いを20年の歳月をかけて別曲で綴った2曲1双の屏風に描かれた切ない物語である。

 ま たサウンドで言うと、このアルバムのドラマー「DANE CLARK」(デーン・クラーク? )の太鼓に痺れまくった。なぜならこの太鼓はめちゃくちゃ歌うのだ。だからシンプルでストレートなジョンの歌にまるでコーラスがついているようにも感じられるのである。とくにそのスネアは甘い香りが強く立ちのぼる。色彩、香り、浮き立つようなリズムの三拍子がそろっている何とも素晴らしいドラムであった。

 そ こで今回のアルバム・・・なにせT・ボーンのプロデュースである。ドラムは、いつものお抱え「ジェイ・ベルローズ」なんだろうか、と思っていたら違った。やはりジョンのお抱え「デーン」の方であった。もちろん、T・ボーンのお抱えには、もう一人、ひたすら遠くから仰ぎ見るしかない巨人ドラマー「ジム・ケルトナー」が控えているけど、魔法を使ったかのような幽玄なドラムのジェイ、シンプルだけど歌謡性が高く、懐の深いデーン・・・どちらも大好きだなぁ。それと今回はT・ボーンがギター(メインはジョンのバンドのギター「アンディ・ヨーク」だけど)やベース(1曲だけど)にも大活躍である。また今回のアップライトベースの「ジョン・グァネル」も素晴らしい。ドラムのデーンとの相性も息ピッタンコ!

 そ れと、これだけは譲れぬTBBのお抱えエンジニア「マイク・ピアサンテ」のマジカルなレコーディング & ミクシングがこのアルバムに奥行きとおいしい空気をタップリ含ませてくれている。ジョンはきっとこれが欲しかったんだろうな。

 「 トラブル・ノー・モア」と違い、今作は全曲ジョンのソングライティングである。だから少し地味な印象を受けるが、しみじみと心に沁み入る歌の数々。とくに4曲目の「TROUBLE LAND」に始まる偶数曲、6曲目「JOHN COCKERS」、8曲目「A RIDE BACK HOME」、10曲目「JENA」、ラスト14曲目「A BRAND NEW SONG」などは、歌謡性に富んだ素晴らし名曲群である。その間に置かれる奇数曲も、あとあと耳に心地よく残響が素晴らしい・・・

 も ちろん、今作は、ますます酷さを増しつつある「今のアメリカ」に対する愛憎が交錯する内容になっている。だがこういう時期に音楽を作れば、その音楽はその時代を意図せず映し込むものだから、どうしたってこういう内容になる。だからこそ今、この時代を映す彼(ら)の音楽が僕(ら)らの胸を打つのだろう。彼の歌に今の時代を変える解法などどこにも示されていない。当たり前だ。だれもそんなこと解らない。わからないけど考えざるを得ない。「今のアメリカ」を「今の日本」に置き換えれば同じだから、よく歌詞の意味もわからないのに、僕(ら)の胸に迫るのだ!

 我 々に示される今の音楽とは、その「解法」の答えがない過程、プロセスのことである。


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