前のページへ 次のページへ 「エートス」こいて、もぉ〜!トップへ Net-Sproutトップへ
50!60!喜んで! 二人の「E」姐御たち〜その1

 「 エミルー・ハリス」と「イライザ・ギルキーソン」の新譜がアマゾンより届く・・・今度は1枚づつ。ホッ!

  エミルー・ハリス・・・・・・1947年生まれ 61歳
  イライザ・ギルキーソン・・・1950年生まれ 58歳

 ・・・・どちらのアルバムも本当に素晴らしいっす!ここ数年、かの地(ま、アメリカ中西南部のことだけど)のベテランミュージシャンのご活躍、というか一層の充実ぶりはまことに目覚ましい!

 今 年に入っても、ドクター・ジョン(67才)、ボビー・チャールズ(70才)、ライ・クーダー(61才)などなど、みんな地球を巡航する人工衛星のような安定した軌道上にいるのに、わざわざもう一段、みずからロケットを噴射し、未知の宇宙に踏み出していこうとしているかのように冒険心にあふれた傑作を届け続けている。

 かの地では、50才や60才はまだまだ、「はなたれ小僧」なんだね。むしろ、本当の勝負はこれからさ、と言わんばかりの百花繚乱ぶり。

 そ んな中、すでに「姐御の殿堂」入りを果たしている大姐御「エミルー」のアルバム「ALL I INTENDED TO BE」と中姐御「イライザ」の「BEAUTIFUL WORLD」を聴く。

 まずは大姐御の「ALL I INTENDED TO BE」(写真左 “私がそうありたいすべてのもの”・・という意味だろうか)から。

 今 回のテーマは「ハーモニー」である(といっても、ぼくが勝手にそう思っているだけですが、なにか?)・・・・とにかく、エミルーの還暦を越えて(といっても“かの地”の人には関係ないけど)ますます若々しいボーカルとそれに絡む名人たちのハーモニーが、からだを芯からジンワリ、ホッコリ暖めてくれる。柔らかで優しい、でも強烈な磁場を持ったアルバムで、何回聴いても飽く事がない。いや聴けば聴くほど、肩の凝りがほぐれていく。

 その強力な磁力線は、全曲で聴かれるさまざまな意匠を施された素晴らしいコーラスやサイドボーカルあたりから発信されているように思う。

 エミルーのお抱えギタリスト「バディ・ミラー」でさえ、今回はギターではなく、絶妙のコーラスで2曲参加。

 ま た「レッド・ダート・ガール」以来自ら手がけるようになったソングライティングもますます冴え渡る。エミルーの作るメロディラインは、どれもイングランド民謡やスコットランド民謡のように懐かしく響く。とくに「BROKEN MAN’S LAMENT(“壊れ男の嘆き”・・なんて泣かせるタイトルなんだ!)や「NOT ENOUGH」などは、日本人の僕(多分)でさえ、まるで子供のころ聴いたことがあるような既視感に捉らわれ、懐かしさがこみあげる。

 そうした自作曲以外にも、もうすぐ「姐御殿堂」入りが確実な「パティ・グリフィン」の「MOON SONG」やアルバムタイトル曲である「トレイシー・チャップマン」の「ALL THAT YOU HAVE IS YOUR SOUL」、それに「マール・ハガート」の「KERN RIVER」、それに「ビリー・ジョー・シェーヴァー」の代表曲「OLD FIVE AND DINERS LIKE ME」などのカントリーの名曲・・・どれも泣きたくなるような情感が横溢する。このような素晴らしい楽曲を見つけ出し、新たな息吹を与えるのも、彼女が永きに亘ってカントリーミュージックを愛し、ときに格闘してきたキャリアがなせる技なのだろう。

 ま たさきにあげたエミルーの自作曲の一つ「GOLD」でその独特のコーラスを聴かせるのは、キング・オブ・アネゴ(・・という日本語は変?)「ドリー・パートン」(62才)!見事にハモっているのに、一聴してそれとわかる強烈な声と個性的な歌いまわし・・・100メートル先からでも“ドリー”とわかる存在感は、だれにコーラスをつけてもそれとわかる「ウィリー・ネルソン」(75才)に匹敵する。この二人に寄り添う男性コーラスは弱冠51才の「ヴィンス・ギル」だが、二人の姐御の貫禄に押されているのか控えめに聞こえるのが微笑ましい。

 日本ではまったく人気がない“ドリパン”(写真右)だけど、以前雑誌のインタヴューで彼女が「こんだけ安っぽい格好を維持するのも結構お金がかかるものなのよ、ガハハハ」といっているのを読んで「ウウウ!なんて、かっちょいい!姐御!一生ついて行きまっせ!」と固く決心したことを思い出す。

 上 の写真はまた、これまた姐御・・というより魔女と呼びたい、「ケイト & アン・マッギャリグル姉妹。64才と62才」(エミルーを挟んでのお二人)も2曲(どちらもエミルーと共作曲)に参加。見た目はまるで年老いた魔女(だけどとてもチャーミング)な、お二人だけど、そのミラクルなコーラスとバンジョーソロでエミルーの素晴らしい楽曲に本物の魔法をかけまくる。

 「HOW SHE COULD SING THE WILDWOOD FLOWER」では、若いニンフ二人が歌っているとしか思えない姉妹の甘いコーラスがかぶさるあたりから、天上界にでもさらわれていくような浮遊感に囚われ始め、その淡いサテンのベールがかかったような甘美なコーラスワークに腰がヌけ、脳ミソが溶けていく。

 も う1曲「SAILING AROUND THE ROOM」の中で「I WILL BE」「I WILL BE」と繰り返される二人のコーラスを聴いていたら、ひょっとして”アルゴー号”の乗組員を夢の世界に誘い込む魔女“セイレーン”はこんな声だったのかもと思えてきた。こりゃどんな船だって難破するわな。

   ま、なんたって今をときめく、「ルーファス・ウェインライト」のお母さんは、この魔女姉妹の片割れ「ケイト・マッギャリグル」である・・・魔女の血脈は確実に息子に受け継がれおりますね。

 ま た、カントリーの名曲(マール・ハガートの「KERN RIVER」とビリー・ジョー・シェーヴァーの「OLD FIVE AND DINERS LIKE ME」の2曲)でデュエットボーカルをとる、ジョン・スターリング(68才)の歌声も、いつにもましてチャーミング!かれに合わせるマイク・オールドリッジ(70才)のコーラスもこれまたやさしく、でもいつもながらにストロング!

 しかし、しかし、しかし、まさか「ダニエル・ラノア」を招いて95年に作られた大傑作アルバム「レッキング・ボール」(破壊球)に匹敵するアルバムができるとは思いませんでした。不明を恥じます!エミルー姐御!ごめんなさい!

 8 0年代に彼女(ですら)陥った音楽の迷宮の壁を“破壊”し、同時に、音楽界が80年代から抱えていた逼塞感すら“破壊”した、このアルバムは90年代の隠れた最強のロックアルバムである(というのは僕だけだけど、何か?)。

 「レッキング・ボール」に触発されて書いたコラムは↓(でもとても長いです)
 前編
 http://www.net-sprout.com/iitaihoudai/053canada.html
 後編
 http://www.net-sprout.com/iitaihoudai/054canada.html

 今 回のアルバム、とにかく全曲優しいメロディに満ちている。だが同時にしなやかだけど、強いテンションが一本ピーンと張られている。だから、聴いていると、心にじんわり優しく響いてくるのに、なぜか身体的には背筋が伸びていく。

 マーク・ノップラーは彼女のギターを評して「エミルーのギターは、キース・リチャーズより正確にリズムを刻むんだよ」と言っている。

 おそらく、彼女のその正確にリズムをキープさせようとする意思力が、この一見優しいアルバムに強靭なハリを与えているのだろう。そこに、全曲で聴かれる滋味と慈愛に満ちた素晴らしいコーラスやデュエットボーカルの妙が加っている・・・それらの渾然一体が、このアルバムを、一瞬たりともゆるみのない音楽なのにリラックスし、肩こりが癒され、背筋が伸びる希代の傑作アルバムに仕立てあげた要因だろう。

 今 回のアルバムのプロデューサーは、70年代の彼女のアルバムのプロデューサーであり、かつ旦那でもあった「ブライアン・エイハーン」・・・おそらく20年ぶりぐらいの復活ではなかろうか。

 “いろいろな道を通って、いろいろなものを破壊したこともあった。ときには自分自身も壊してきた。そのときはそれが必要だったから・・・・でもやっぱり、ここに戻ってきたわ。それは「ハーモニー」(調和)の世界なの・・・壊したものは再生しなきゃね・・・それが「ALL I INTENDED TO BE」・・・”

 とでもいいたげな、エミルーの原点回帰アルバム!元の旦那との息はピッタリである。

 こ の間、二人のあいだに何があったのか、ぼくらが知る由もない。でもかの地のプロ中のプロのミュージシャンたちは、素晴らしい音楽を作ろうとなったら、どんな確執すらアッというまに超えちまうんだなぁ・・・いや、その確執すら大きな味方にしながら・・・

 あっ、そっか!だからそのためには60年の歳月がかかるのがむしろ当然なんだ!

 まさに、50!60!喜んで!である。

 も う一人の「E」アネゴ・・・イライザの新譜については次回にしよう。


前のページへ 次のページへ 「エートス」こいて、もぉ〜!トップへ Net-Sproutトップへ