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「曲」を「作る」とは?

 も うかれこれ30年以上音楽業界にいる。僕自身が曲を作るわけでもないのに、これまで何回、この「曲」という言葉を使ってきたのだろう。

 「これ、いい曲だね」「この曲、あんまり好きじゃないかも」「もっと良い曲ないの?」「この曲サイコー!」

などなど、

 だ が、この「曲」という字はどこかヘンではないだろうか?

 よくホームドラマなどで、お父さん役の人が「俺は、曲がったことが大嫌いなんだぁ!」と叫ぶシーンがある。このとき、ぼくらは「あー、このお父さんは、ちょっと不器用かも知れないけど、心根は真っすぐで良い人なんだな」と認識することになっている。なぜなら、このお父さんが大嫌いなものが「曲がった」ことだからである。ぼくらのうちには暗黙裡に「曲がったこと=悪いこと。悪いことが嫌いな人=良い人」という図式が刷りこまれている。

 で はその「曲」がったものを、わざわざ「作」る「作曲」家って、そんなに悪しき存在なのだろうか?もちろん、そんなことはない。

 実はこの「曲」という漢字は、もともとは、「一本の木を曲げて箱にする」カタチを表している。

 森 から切り出されてきた「木」はそれだけでも、薪となり、暖をとったり、煮炊きをするなど十分にぼくらの役にたってくれる。

 だが、その木を曲げて作られた箱に、僕らは様々のものを入れることができる。かくして人類は大切なものを保存する方法=”箱”を入手した。

 つまり、「曲」を「作る」、とは、ストレートなものをストレートなままに差し出すのではなく、曲げることにより、ストレートであること「以上の良きものに加工して差し出す」ことを意味している。

 も う何年も前にこんな文章を書いた。

「何も、音楽家だけに、格別ドラマチックなことがおきるわけではない。
普通に暮らしている人にもアンビリーバボーなことは普段におきる。身内の病気だったり、恋人の裏切りだったり、親友の自殺だったり・・イラクでは、ふつうに暮らしている人の民家の屋根を突き破って爆弾が落ちてくる・・・生きていれば、“事実は小説より奇なり” みたいなことはそこら中にある。

 たまたま、音楽ができる人におこったその音楽家固有の出来事・・それは、本人にとっては、死ぬほどつらい出来事だったり、ドロだらけのおにぎりを口に押し込められるような、あるいは泥水をむりやり飲まされるような体験でも・・それを「死ぬほどつらい」とか「どろのおにぎりだ」とか「泥水だ」とストレートに言ってしまえば、その人だけの極めて限定された個人的体験として完結するしかないが、その音楽家が一旦飲み込んだ苦き「個人的」体験が、そのからだとこころを通して音楽を媒介にして表現された作品は、濾過され純化され浄化されている。だから、本人にとっては泥水であったものが、その音楽家の作品を聴く人にとっては、文字通り、のどの渇きを癒す、浄水へと昇華する。濾過、浄化、純化、昇華・・これを音楽の「4か」という。(聞いたことない?そうでしょう、そうでしょう、だって今日初めて僕が言ったんだから・・)

 砂 漠のオアシス、干天の慈雨・・それらに感謝しない人はいないだろう。その感謝の気持ち・・それが音楽家に対するリスペクトであり、実は著作権使用料を支払うというのは、この感謝の気持ちを金銭に置き換える行為のことなのだ。

 癒す・・英語でいうと「heal」=ヒール・・・これは動詞だが、この「heal」に名詞化する接尾辞「th」をつければ「health」=ヘルスとなる。そう!健康とは、癒された状態をいうのだ。
ヒーリングという言葉もここから出てきている。」

 恋 人に裏切られて悲しい、というストレートな思いを親友にぶつければ、彼はその痛みをそのままに受け止めてくれる。そのことによって少しずつ痛みが和らいで行くのだから友は誠にありがたい。

 だがそれが音楽家におこったとき、かれらはそのストレートな痛みや哀しみをわざわざ折り曲げ、美しい意匠を施したのち、それを「曲」として、われわれの目の前にそっと差し出す。

 僕たちは、その美しい曲面に囲まれた「箱」に好きなだけ、好きなように、おもいおもいの「感情」や「想い出」を収めることができる。そして、おりにふれてはその箱をあけ、その「思い」を好きなだけ、好きなように取り出すことができる。

 そのとき、僕らはその箱が、実は「悲しみ」や「痛み」や「苦しみ」を素材としてできていたことに思いを馳せることもなく。

 ま ことに音楽家とは曲者じゃ!出会え!出会え!

 ぼくらはそのことに感謝しよう。そして叫ぼう!

 「おらぁ、曲がったことが大好きだぁ!」


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