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オー!ミンストレル・ボーイ!スティング、ノップラー&ストラマー

 先 日のコラム「ライ・クーダー=ノラ・ジョーンズ=ジョン・カーウァイ」は、最初は某サイトに日記ネタとして掲載していた。音楽ネタと映画ネタのミクスチャーだったせいか、短い文章だったにも拘らず、思わず多方面から書き込みを頂いた。ある方からは「そういえば ”アメリカン・ギャングスター” はもう見ましたか?」と書き込みを頂き、またある方からは「ライ・クーダー関係といえば “デッドマン・ウォーキング” のサントラを持っていますよ!」との書き込みを頂いた。

 “ アメリカン・ギャングスター”の監督は「リドリー・スコット」である。なんたって、「ブレードランナー」と「エイリアン」という不朽の名作を、立て続けに、二つもモノにしているスーパー・グレイト・ダイレクター!その後の映画に多少の不調があろうと、な〜に、ちぃ〜っとも構うもんカーウァイ!である。
 リドリーさんの映画は、初期のその映像処理もさることながら、映画音楽もまた素晴らしかった。

 そ んなリドリー監督の2002年作品「ブラックホーク・ダウン」は内戦状態のソマリアの首都「モガディシオ」に不時着した米軍ヘリ「ブラックホーク」を救出する、という実話に基づいた映画(ユアン・マクレガー、ジュシュ・ハーシュネット、それに若き日のオーランド・ブルームが出ていたっけな)。結局は、アメリカ万歳みたいな結末ではあったが、そこはジェリー・ブラッカイマー製作の米軍全面協力のハリウッド映画!・・ま、おかたいことは言うまい。でも英国北部出身のリドリーさんの演出は、アメリカ軍を結構ドジに描いていて、必ずしもアメリカ礼賛一辺倒ではなかった。

 こ の映画、DVDを買ってまた見ようとまでは思わなかったが、サントラは迷うことなく購入した。

 音楽監督はリドリー作品の常連「ハンス・ジマー」。この映画では、アフリカが舞台だけあって、民族楽器が巧みに使用されるインストルメンタルがカッコいいのだが、実は意外にもボーカルトラックが多く、そのどれもが素晴らしかったからである。

 ア ラブロックの雄「ラシッド・タハ」の歌う「バーラ・バーラ」は当時TVKでよく流れていた彼のアルバム「メイド・イン・メディナ」収録の傑作曲。またブルターニュの吟遊詩人「ドゥネ・プリジャン」とデュエットしているのはリドリーのアカデミー受賞映画「グラディエーター」における悲劇性を湛えたアルト・ドラマティコが印象的だった「リサ・ジェラード」である。ドゥネの歌は、まるで日本人の良質の民謡歌手が歌っているようであり実に素晴らしい(僕がレコード会社のプロデューサーなら、彼に日本の民謡を日本語で歌わせたレコードを作る!それほど滑舌が良い!)。そのドゥネの歌に絶妙に絡んでいくリサの歌声も、日本で発売された彼女のソロアルバムよりはるかに緊張感のある音楽を表現してくれている。そしてもう一人「セネガル」のスーパースター「バーバ・マール」は、聴く者すべてに、国こそ「ソマリア」と「セネガル」との違いはあるものの、同じ欧米列強にいまだにクイモノにされているブラックカントリーの民族的悲哀を想起させずにはおかない、シンパシー溢れる哀しい歌を力強く披露している。

 そ してラストシーンで流れるのが、クラッシュの元ボーカル「ジョー・ストラマー」の歌うアイルランド民謡「ミンストレル・ボーイ」!・・・ 僕はこの曲が大好きなのです。出征する兵士を送る歌としては、同じアイルランド民謡でも「ダニー・ボーイ」の方が有名だけど、僕にはこちらが断然胸に沁みわたり、実に哀しい気持ちになる。マーチ風のアレンジが施されたりすると、もういけません。「酒もってこ〜い!」と、つい叫んでしまう(だれも持ってきてくれないけど)。特にこのレコーディングのしばらく後、わずか50才、3作目のソロアルバム(ジョー・ストラマー&メスカレロス名義)の完成を目前にしてあっけなく死んでしまうジョーの歌声には、まるでそのことを予感しているかのような無常観が漂う。

 映像は徹底的にアメリカ側から描かれているが、音楽は徹底的にアフリカ側から描かれている。

 な ぜ、このサントラのことを急に思い出したのか?と言うと、”アメリカン・ギャングスター”についての書き込みがあったこともさることながら、「Chuck McCabe(チャック・マカベ)の最新作「Sweet Reunion」(スウィート・リユニオン)(写真中)を、どういうシンクロニシティか偶然にもあのコラムを書いた頃、よく聴いていたからなのである。このアルバムも実は、古く擦り切れたかのようなSPから流れる「ミンストレル・ボーイ」で始まり、それにチャックの歌う「ミンストレル・ボーイ」がかぶさるというオープニングになっている。

 チ ャック・マカベのアルバムを初めて聴いたのは、その前に発売された「CHICKEN DINNERS」である。例によって新宿ディスクユニオン5Fで大人買いしたときの一枚。バンジョーを手にした横顔ジャケットに惹かれてのことだった。

 聴いていて、なんだかマーク・ノップラーのような声だなぁ、と思ったことを覚えている。

 今 回は、何と言ってもタイトルとジャケットにやられた!「スウィート・リユニオン!何とまぁ、良いアルバムタイトルだこと! それにジャケも良い!特に中ジャケには、まだ幼いチャックを中心に「マカベ」一族が集まったセピア色の優しい、まさしくスウィート・リユニオンな集合写真が収められている。全曲とも、そのジャケットやタイトルから湧き上がるイメージ通りの、優しくて、でもどこか哀愁のただようアルバムである。

 今回聴いていて、やはり「マーク・ノップラー」がギターをバンジョーに持ち替えれば、こういう音楽になるだろうな、と想った。

 と くに、「ミンストレル・ボーイ」とタイトル曲「スウィート・リユニオン」を聴いていると、マークの傑作曲「ローカル・ヒーロー」を想い出す。別段曲想が似ているわけでもないし、メロディーも似ていないのに何故だろう?

   だが、ふと気づいたのである。これまで何も考えず、ぼんやり「チャック・マカベ」と、その名前を読んでいたが、スペルをよくよく見てみれば「McCabe」とあるではないか!

 フ ァミリーネームの頭に「Mc」とか「Mac」とあれば、その出自はスコットランドである。意味は「息子」。アーサーの息子は「マッカーサー」、クィーンの息子は「マックィーン」、トニーの息子は「マッカートニー」ドナルドの息子は「マクドナルド」である。同じく頭に「O‘」があればその出自はウェールズ、アイルランドである。意味は同じく「息子」。ニールの息子は「オニール」、「キーフ」の息子は「オキーフ」、サリバンの息子は「オサリバン」となる。スコッツ、アイリッシュ、ウェールズ・・・これらの先祖は、大昔、アルプス山脈の北側で自然神を信仰し静かに暮らしていた平和の民「ケルト」(ラテン語ではガリア)民族との関係性が深いと言われている。古代ローマ人とゲルマン人の相克に巻き込まれ、逃げるようにドーバー海峡を渡った悲劇の民の後裔たち。彼らの多くは、逃げ渡ったブリテン島でも、その後ノルマン人や、ゲルマン民族の一派、サクソン族やアングロ族に追い立てられ、徐々に北部に押しやられた「負け組」民族の末裔か、その混血なのである。

 マ ーク・ノップラーは、スコットランドのグラスゴーに生まれている。お父さんはナチスを逃れてきたユダヤ系オランダ人であり、幼いころ、イギリス最北部州ニューカッスル・アポン・タインで過ごしている。その先祖はドイツ系(つまりゲルマン系)であるが、スコットランド生まれで、そのスコットランドの影響の強いニューカッスル育ちの彼には、精神的にはスコットランド人、つまりケルト文化の影響が強い。だから彼は幼いころから、アイルランド民謡やスコットランド民謡をよく聴いていた筈である。だから彼の音楽には、どこか哀愁がただよっている。途中からマーチ風のアレンジになるサントラの「ローカル・ヒーロー」にアイルランド民謡の影響を見るのは間違ってはいまい。「ミンストレル・ボーイ」を、一度バラして再構築すればマークの「ローカル・ヒーロー」になり、チャックの「スィート・リユニオン」になってもおかしくない筈だ。

 ま た先述のジョー・ストラマーは、自身はトルコのアンカラ生まれだが、その母方はスコットランドの高地ハイランド地方出身である。クラッシュ時代はもちろん、ソロ時代を通じても終始一貫して、彼の歌がポリティックで、且つどこか哀愁と苦渋に満ちているのも、ジョーが、イングランドに圧迫され続けきたスコットランド人やアイルランド人らのケルトの末裔であることが多いに関係しているに違いない。

 実 は、僕たち日本人はアイルランド民謡やスコットランド民謡にとても馴染が深い。

 「だれかさんとだれかさんが、むぎばたけー」はそのものズバリ「麦畑」というスコットランド民謡である。「ロック・ローモンド」の主メロは「五番街のマリー」そのものであり、その2サビは「鉄道唱歌」とまったく同一メロディである。

 先に挙げた「ダニー・ボーイ」はアイルランド民謡だが、これを知らぬ日本人はもぐりであろう。「蛍の光」はスコットランドの偉大な詩人ロバート・バーンズの作品・・・われわれは毎年、「紅白歌合戦」を見ながら、一年の終わりをスコットランド民謡で締めくくっているのである。

 だ から純・日本人の音楽で締めようよ!なんてアホなことを言っているのではないよ。どこか、哀愁を伴うその音楽は、彼らの歴史記憶の遺伝子的顕れだ。だからモノの哀れに敏感なわれわれ日本人の琴線と共振、共鳴するのもむべなるかな。つまり、かれらスコッツやアイリッシュの精神と我々大和民族の精神性とは極めて親和性が高いのだ。その末裔がイギリスの圧政や宗教的弾圧から逃れて移住したアメリカ大陸・・・特にその文化的遺産が多く残っているアメリカ南部の音楽にわれわれのこころが震えるのには十分な理由があるのである。

 と ころで、冒頭で書いた映画監督「サー・リドリー・スコット」の出自はどこであろうか?言うまでもなく名は体を表す!リドリー「スコット」ランドに違いない!彼のバイオには確かにイギリス人と書いてある。だからエリザベス女王陛下から「サー」の称号を戴いている。だが、彼の生まれ故郷は、イギリス最北部ニューカッスル州のタイン川河口の街「サウス・シールズ」つまり、マークの故郷と目と鼻の先なのである。その地は、国境線で見れば確かにイギリス側にあるが、リドリーのココロは、マークと同じくスコット人であろう。だから彼は、「アメリカ」という国が勝手に起こした戦争の犠牲となって粛々と死んでいくアメリカ軍兵士に、出征兵士に捧げられた、故郷でよく聴いていた筈の哀しいアイルランド民謡「ミンストレル・ボーイ」を捧げたのである。

 こ こまでくれば、こころある読者さんは、リドリーやマークの故郷「ニューカッスル・アポン・タイン!!!!」と聞いて、それは「スッ!スッ、スティング」の生まれ故郷じゃないの!!!!ギャァーと叫ぶことであろう。

 彼の音楽を底流する、どこかに哀しみを湛えた音楽にそのこころを揺さぶられる日本人は多い筈だ!(僕もその一人)

 今 年は、そのスティング率いる「ポリス」が再結成し、日本公演も行われた。きっと「スウィート」な「リユニオン」であったことだろう。

 奉祝!!「日スコ同盟」結成!


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