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ダークサイド オブ イライザ



 3 年ほど前、渋谷のタワーレコード5FでELIZA GILKYSONの「ランド オブ ミルク アンド ハニー」(LAND OF MILK AND HONEY)を試聴した時、激しく胸を衝かれたことを思い出す。とくに3曲目「ダークサイド オブ タウン」(DARK SIDE OF TOWN)、4曲目「テンダー・マーシー」(TENDER MERCIES)と続けて聴いた時は、歌詞の意味もわからないのになぜか涙が出た。
 旧 約聖書からとられた言葉「蜜と乳の流れる大地」というタイトルとは裏腹に、異臭の漂いそうな工場(コソボ地区に実際にある工場だそうである)の前にある、毒にしか見えない排水の貯水池に、裸で飛び込む少年の表紙(写真左)。裏ジャケットには、「GOD BLESS AMERICA!」と書かれた看板の「AMERICA!」の部分を「WORLD!」に書き直した写真。
 2 004年発売のこのグラミー賞ノミネートアルバムは、明確に「反ブッシュ」「反イラク侵攻」を内容としていた。

 しかし、試聴していた時にそれを理解していたわけではない。帰ってCDを聴きながら「変な」ジャケットを眺めていて気づいたのである。
 イ ライザ・ギルキーソンの名前をきいたのはその時が初めてだったが、このアルバムに心打たれた僕は、即座に彼女の全アルバムを購入した。彼女は1950年生まれ。お父さんは、ブラザースフォアで大ヒットした「グリーンフィールズ」の作曲者、そのブラザースフォア等のフォークグループの先駆けでもある「イージーライダース」のリーダー、そしてディズニーの名作アニメ「ジャングルブック」の音楽担当者である「トニー・ギルキーソン」である。
 今 年57才になる彼女のキャリアは長いが、何と言っても2000年に「RED HOUSE RECORDS」に移籍してからの音楽(つまり彼女が50才を超えてから発表したアルバム!)が圧倒的に素晴らしい。移籍して最初のアルバム「HARD TIMES IN BABYLON」(バビロンにおける困難の時)、2002年発表の「LOST AND FOUND」(喪失と発見)そして移籍後3作目となる2004年の冒頭のアルバム・・・いずれも2000年までの音楽的迷いがふっきれて、シンプルだが力強い歌が僕の心に真っすぐ突き刺さり、琴線をかきむしる。だが彼女の歌は少しもエキセントリックではない。むしろ静かでフォーキーなメロディに彼女のくぐもったかすれ声が乗った静謐な歌が多いが、歌詞は、と見れば、権威と欺瞞に敢然と抗議し、不条理な世界を嘆き、神の慈悲を疑いながらも救済を祈り続ける優しい慈愛(テンダー・マーシー)の歌である。
 2 005年のアルバム「パラダイスホテル」(PARADICE HOTEL)の中の一曲「MAN OF GOD」は、「西部からやってきた蛇皮のブーツに防弾チョッキを着たカウボーイギャングが神の子(MAN OF GOD)の名のもとに戦争を始める・・・」、と露骨なブッシュへの攻撃で始まり、ショーン・コルビン、スレイド・クリーブスを擁するコーラス隊が「マン オブ ゴッド!」「マン オブ ゴッド!」と皮肉をこめてブッシュを糾弾する、激しい内容の反戦歌である。
 ま たイライザの他に、パッツィ・グリフィン、メアリー・チェイピン・カーペンター、アイリス・ディメントという僕の大、大、大好きな女性シンガー4人によって歌われる「ランド オブ ミルク アンド ハニー」のラスト曲「PEACE CALL」は、ウッディ・ガスリーの曲だが、レコーディングされて世に出るのは、これが初めてだそうである(ジャケットにそう書いてある)。これが、まるで、死の直前95才のチェリスト「パブロ・カザルス」が国連で演奏した音の世界遺産「鳥の歌」にも匹敵する、平和への強い祈りと戦争への怒りがこめられた素晴らしい歌なのである。曲を書いたガスリーもすごいが、これを発見し、評価し、録音したイライザは、バッハの無伴奏チェロソナタを発見し、演奏し、録音したカザルスにも匹敵する。
 ア ルバムタイトル「ハード タイム オブ バビロン」や「ロスト アンド ファウンド」の中の1曲「天使とデリラ」など、彼女の歌詞には聖書に由来した言葉が多く見受けられることから、イライザは現在の世界が抱える戦争や飢餓、貧困などの問題を、神と人間との関係に、一度引き直して考える習慣を持つ人なのかも知れない。

 ところで、なぜ急に思い立ったかのようにイライザについて書きはじめたのか、というと、2007年8月に入って立て続けに発売された彼女のライブCDとライブDVDのどちらもが、あまりにも素晴らしい内容だったからなのである。
 D VD「LIVE FROM AUSTIN TEXSAS ~ ELIZA GILKYSON」(写真真ん中)に収録されるのは、レッドハウス移籍第1弾アルバム「HARD TIMES IN BABYLON」と、この直後に発売される「LOST AND FOUND」からの曲が中心である。ギターは、その早過ぎる死が惜しまれる女性フォークシンガー「ケイト・ウルフ」を支え続けたニーナ・ガーバー(へぇ〜こういう顔なんだ・・ヒスパニック系なのね)、ベースは、見た目はまるで日本人の「グレン・フクナガ」そしてドラムの「シスコ・ライダー」はイライザの息子さんである。演奏はオースティンの素晴らしいオーディエンスに囲まれて、父であるテリー・ギルキーソンのバンド名「イージーライダース」に由来する「EASY RIDER」などリラックスした中で進んでいくが、とりわけ雰囲気が素晴らしいのがアンコール。実はアンコールのために舞台に戻ったイライザがギターをチューニングしながら聴衆に話しかけるとき、ふと彼女の視線がとまるのだが、その視線の先をたどると、モニタースピーカーの横に可愛らしい3,4才位の男の子がいるではないか。「・・・あらら、彼は私の孫なのよ・・」(つまりドラムのシスコ・ライダーの子供)とはにかむ彼女の表情が実にほほ笑ましい。その曲が終わって鳴りやまぬ拍手の中、ドラムのシスコ・ライダーが子供を肩車しながら舞台のそでに消えていくラストシーンがなんとも言えない良い後味を残してくれるのだが、そこで歌われたのは、なんとボブ・ディランの「LOVE MINUS ZERO/NO LIMIT」だったのである。まさにイライザは、この詩の中で「僕の彼女は、いつも静かに真実を語る」という「彼女」そのものだ。
 こ のライブが収録されたのは2001年8月13日。その約1ヶ月後の2001年9月11日、世界は悲劇のどん底に突き落とされるわけだが、「バビロンでの困難な時」というタイトルとアンコールで彼女が歌う歌が「LOVE MINUS ZERO/NO LIMIT」であることは誠に暗示的である。
 9 .11以後に制作に取りかかられた「ランド オブ ミルク アンド ハニー」以降、彼女が敢然と、だが「いつも静かに」世界の「ダークサイド」を歌うことになる予兆は、すでにこのライブのうちに見て取れるのである。
 そ して、最新作のライブCD「YOUR TOWN TONIGHT」(写真右)も同じくテキサス州オースティンでの2005年のライブを中心に収録されている。こちらは、「HARD TIMES IN BABYLON」「LOST AND FOUND」「LAND OF MILK AND HONEY」「PARADISE HOTEL」の4枚のオリジナルアルバムの中からそれぞれ数曲ずつ(僕の大好きな曲ばかりがチョイスされているのでとても嬉しい!)収録されている。そういった意味では、彼女のベスト盤ということもできるかも知れない。また他にはお父さんの名曲「グリーンフィールズ」。そしてここでも、ボブ・ディランの「ジョーカーマン」がカバーされているが、神を「ジョーカー」になぞらえたボブへの共感が乗り移ったかのような凄まじい歌になっているが、それらカバー曲のレパートリーは、彼女の音楽のよってきたるところを明確に示している。そしてアンコールは、父テリー・ギルキーソンが作曲したディズニーアニメ「ジャングルブック」の挿入歌「BARE NECESSITIES」を観客とともに大合唱して感動的に終わるのである。
 こ の5月痛風の発作に襲われ、3ヶ月もの間禁酒していたのであるが、このライブCDとDVDをみたとき、興奮のあまりつい焼酎のロックをガバ飲み、気づいたときには、焼酎「白波」の一升瓶が空になって横たわっていた。

 次なる発作はまだおきていない。オー!テンダー・マーシー!

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