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ドナウ川とカワセミ・ヤマセミ・アカショウビン



 「 カワセミ、ヤマセミ、アカショウビン」・・・・「カワセミ、ヤマセミ、アカショウビン」・・・・「カワセミ、ヤマセミ、アカショウビン」

 と三回唱えられても、野鳥にご興味のない方には、さっぱり何のことやら、おわかりにならないであろう。
 こ れは、野鳥愛好家(とくに初心者)が、一生に一度でいいから実際に遭遇してみたい!と願う野鳥の御三家である。

 鳥好きには、山鳥派と水鳥派があるそうだが、僕は雑食派なので、どちらも(焼き鳥も)好きであるが、この御三家は、河原にいることが多いので、どちらの派にも属するのが人気の由縁かも知れない。
 カ ワセミは翡翠と書く(鳥の名前としての「翡翠」が先にあり、硬玉の「翡翠」は、この鳥の名前にちなんで後から名づけられた)と書いたが、ヤマセミは山翡翠、アカショウビンは赤翡と書く・・・翡翠の「翡」は赤い宝石、「翠」は青い宝石の意味があるそうだが、なるほど、アカショウビンは赤い宝石であるので「赤翡」。またヤマセミは黒白のまだら模様が、クマゼミに似ているので、山蝉と呼ばれる理由もナットクである。
 で 、僕はカワセミは、もう何度か見ているのであるが、ヤマセミとアカショウビンには、まだ出会ってはいない。

 カワセミは、都心の、少々きたない水辺でも見ることができるのだが、ヤマセミとアカショウビンは、奇麗で流れの早い川のあるところでないとなかなか見ることができないのである。
 実 は残念ながら、この2種は、そろそろレッドデータブックに仲間入りになりそうである。川の護岸工事が、田舎の山奥まで進んでいることと、ご他聞にもれず、環境破壊により、急速にすみかを失いつつあるからである。

 せめて、護岸をコンクリートではなく、石にすることはできないのであろうか。石であれば、時間が経てば、やがて崩れるところができて、そこに木や草が根を張り、鳥が巣をつくるすき間もできるが、コンクリートではそうはいかない。いま、目黒川ではサクラが満開だが、これは川ではない、コンクリートの運河である。水は流れず、異臭を放つ。せめて、これが石の運河であれば、まだ救われるのだが・・・サカナも棲まず、鳥も飛ばない日本の川は、もはや再生することはないのであろうか。
 話 はいきなりヨーロッパのオーストリアに飛ぶ。この国を流れるドナウ川、と言えば、なにやらロマンチックな川のイメージだが、実は、度々洪水を引き起こす暴れ川でもある。そこで、川の真ん中に人工的に中洲を作り、川の流れを緩和することにした。オーストリア政府は、ついでにこの中洲に住宅地を建設すると発表した。政府としては一石二鳥の、誠にグッドなアイデアと考えたのであるが、国民からブーイングが上がった。そんなところに町を作り、橋をかければ川が汚れるではないか、との反対の声が澎湃として起こったのである。そこで国民投票にかけることになった。結果はどうなったか?知りたい?喜ばれよ!見事に反対票が賛成票をうわまわり、この島には何も作らないし、橋もかけないことになった。そしていま、この島には、秋にはキノコが実り、みんなはこの島にボートを乗りつけ、キノコ狩りを楽しんでいるのである。かれらは、自然と共生する方法を、人工的に獲得したのである。人工的なものがすべて否定すべきものではないことを知る好例である。
 安 倍首相のいう「美しい国日本」には具体性がないと言われている。確かにそうだが、もともと、何を基準に美しいとするかは人によって違うのであるから、ムリからぬ話しである。

 が、僕なら、カワセミ、ヤマセミ、アカショウビンが生きやすい国を「美しい国」のイメージとして伝えたいと思う。だって、宝石がたくさん飛び回る国である。まるで「憧れのジパング」そのものではないか。
 江 戸時代、世界で人口100万を超える都市は江戸とロンドンだけであったが、これほど見事に川を中心に設計され、美しく整備された都市は他になかったのである。

 その「美しい国日本」を、戦後、これほどまでに「美しくない国」にしたのは、僕であり、あなたであり、彼であり、彼女である。
 戦 後60年にわたって、汚してきた国を、いきなり美しくすることはできまい。だが、これから60年にわたって再生していのなら可能ではないだろうか・・・「子孫の為に美田を遺さず」、という言葉があるが、「子孫のために美田を遺す」のである。  それができるのもまた、僕であり、あなたであり、彼であり、彼女である。

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