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クロワッサンとシンバルとモーツァルト:後編/ぶらきぼう
 東西ヨーロッパの宗教的衝突としては十字軍が有名ですが、オスマン・トルコ VS  神聖ローマ帝国=ハプスブルグ家の戦いは、それ以上に東西の"文明の衝突"とでも いうべきものでした
  オスマン・トルコ をウィーンから押し返し、その文化的衝突に西側がはじめて勝利し た、その約250年後、ウィーンから一人の可愛いハプスブルグ家のお姫様が、長き に亘ってライバル関係にあったパリのブルボン王家に輿入れしました。女帝マリア・ テレジアの末娘、マリー・アントワネットです。この天真爛漫なお姫様は、たくさん の料理人を従えてフランスにやって来ました。もちろんその中にとくにお気に入りの パン職人もおりました・・なぜなら彼女はそのパン職人が焼く「クロワッサン」が大 好物だったのです。フランスの代表的パンがクロワッサンになったのには、そんな歴 史が隠されていました。
  ついでだけど、 トルコ軍は西欧音楽にも微妙に影響を与えています。トルコ軍はメチ ャ強かった・・逆にいうと、西欧からは恐怖の対象でした。とくに上流階級において は、いつもトルコ軍の近況や噂話や昔話が話題の中心でもありました。そして、この 貴族階級のご婦人方は、実は怖いモノみたさで、この憎悪の象徴のトルコに対する裏 返しの密かな憧れすらありました。このトルコの記憶は、貴族のサロンでは、「野 蛮、でも野性的で、怖い、けどワルそうで魅力的、それはトルコ兵!きゃー!・・」 てな具合に、長く語り継がれていました。

  このことに一番敏感だったのは、彼ら貴族 階級にその音楽が気に入られる必要があった音楽家達でした。特にモーツァルト・・ 映画「アマデウス」でも描かれていたように、彼は酒場で騒ぎながら、女給たちが噂 する、「お城のお姫様たちは、実はトルコ兵に犯される夢を毎晩見ながら生きてきた のさ!」なんて話を巧みに、自分の音楽に取り込みます。そう、「トルコ行進曲」の 誕生です。この禁じ手に近い、敵国の要素を取り入れた音楽は、貴族階級、とりわけ ご婦人方に禁断の快楽をもたらしたのです。 モーツァルトが貴族階級の寵児になったのには多分にトルコのおかげがあったのかも 知れませんね。
  その後も"トルコ風"は、 西欧音楽の欠くべからざる要素の一つとなっていきます。 ドボルザークといえば新世界ですが、その一つ前の交響曲第八番、これは表題こそな いので、第9番「新世界より」より知名度は低いのですが、トランペットのファンフ ァーレの後、第三楽章ラルゲットの「美しい」としかいいようのないメロディを受け て始まる最終楽章において突然現れるまさにトルコ風のエキゾチックなリズムの展開 を持っていることでも人気のある曲です。ドボルザークの故国「ボヘミア」(現チェ コ)は実は長く、ハンガリーやオーストリア=ハプスブルグとオスマン・トルコのせ めぎ合いのまっただ中にありました。ウィーン包囲から300年後に生まれたドボル ザークの音楽的遺伝子にさえ、トルコのリズムは強く刻まれていたということでしょ う。

  是非一度、お聞きになってみてください。不思議な感動がありますよ!
  ところで現在、トルコはEU加盟について困難 で複雑な立場にいます。EUの有力国 の一つがトルコの参加に強く反対を表明しているからです。理由は異なる宗教を国教 としているから・・ヨーロッパではないから・・しかし、EUの主旨からも、またサ ッカーのワールドカップ予選にトルコはヨーロッパで参加していること、トルコ軍は NATO軍の一部でかつ米国についで第二位の軍事力を提供していること、その他の 参加国も必ずしもキリスト教絶対ではないことから、単なる嫌がらせ、差別のように 思えます。この理由にならない理由で頑なにトルコの参加を拒絶する国・・それが毎 朝クロワッサンを食べる国「フランス」であることに、根深い歴史的対立を見るのは 皮相な見方でしょうか。
  トルコは、この理由にならない理由での加盟拒 否の動きを打破するため、EUの仮想 ライバルであるアメリカにヘルプを求めます。アメリカの後押しで参加を認めてもら おうというわけです。今回のイラク戦争においてアメリカに積極的に基地を提供しよ うとした(結局開戦直前で拒絶したが)のも戦後の中近東の再編成においてアメリカ の後押しで発言権を増して、EU参加にこぎつけようという魂胆からだったのでしょ う。アメリカも、もしトルコがへそを曲げて、イスラム社会の一員となる道を選択す る、とかになると、せっかくの中東政策がおジャンになる・・それはライバルになる EUにもいい結果をもたらさない・・ウーム・・

  どうなるんだろう、トルコ!
  どうするんだろう、イルハン!
  元気なんだろうか、ハッサン!
  さきのワールドカップで、 もしフランスとトルコが決勝で争うことにでもなったひに ゃ、時代を超え、場所を変え、形を変えた「最終クロワッサン戦争」とでも呼ぶしか ない、われわれのんきな日本人には想像もつかない大決戦大会になってたかもね。日 本と韓国もし戦わば・・という想像も超える、きっととんでもない試合になっていた と思います。その結果次第では、本当の東西戦争を新たに招来していた可能性だって ある・・こわー!
  雑学は、知識の断片です。それだけではたんなるガラクタにすぎない。でもそれら は、ジグゾーパズルの一片でもある。くっつくところを丹念に集めればなにかが見え てくることがある。ジグゾーパズルの面白いところは全部が完成しなくてもその全貌 が解るところにあります。何も完全な知識でなくともいいのです。スリーディーのパ ズルもじーっと目をこらしていると、なにもかなったはずの点描画の中にライオンが 寝ているのがくっきり浮き上がって見えてくる。小学校のとき、誰もが理科で観察日 記を書かされた経験があるでしょう。やったなぁ、アサガオ観察日誌・・"観 察"・・この「観」は「観る」と読むように、つくりに「見」がありますが、ヘンに ある音符の「かん」は「環」をも意味し、つまり周囲をぐるっと注意してみる、「よ く見よう」という意思を持って観ることです。英語で言うと「see」と「watc h」または「look」の違い。そして「察」・・これは"察する"などと使うよう に、その奥にあるものを推理することです。見ようとする姿勢さえあれば、一見雑然 としている現象の中にその正体や真実が見えることがある。
  クロワッサンやシンバルなど、 われわれの身近なところにあるものが実は歴史の資料 そのものだったり、その過去歴が、現在のイラク情勢を読み解くカギや、未来の予想 に役に立つことがあるんですね。

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