Chapter three : thirty-fifth episode



 7月下旬。早朝。
 新宿駅西口に集合する。
 山梨県清里にバスで向かう。
 清里の屋外スケート場で行われるコンサートに出演するためだ。
 今回は今まで経験してきたライブと違って、まったくの芸能界寄りイベントだ。他の出
演者はアイドルグループが3組。バスの車内も芸能界の匂いがぷんぷんしている。
「なんかちがうね」
「うん」
「まあ、たまには」
「こんなのも」
「あり・・・」
「な、わけない」
 メンバーも勝手が違うのでおとなしくしている事にする。
 コンサート会場について楽屋に入ると、車内で一緒だった連中はすぐに麻雀を始める。
「やっぱね」
「芸能界はね」
「あーでなくちゃ」
「・・・バンドマンか」
「・・・」
「出番終わったら早く帰りたいね」
「・・・うん、できれば」
 芸能界の雰囲気はうんざりだった。とてもじゃないが同じ音楽をやってるミュージシャ
ンとは思えない。
 簡単なサウンドチェックをして、弁当が配られるとしばらくしてイベントが始まる。
 真夏の屋外の昼下がり。
 シュガー・ベイブの出番は当然一番目。
 プロ意識まんまんの司会者がシュガー・ベイブを呼び出す。
「ハ〜イ、みなさ〜ん、お待たせしました」
「それでは大きな声でシュガーベイブって呼びましょう」
 客たちはお目当て外のバンドなどまったく興味がなかったが、それでも司会者の呼び掛
けにやる気なさそうに応じる。
「しゅ〜が〜べ〜い〜ぶ〜」
 どっちらけ。
 出番が済むと、長門が友人らと新しく設立した事務所の楽器車に便乗してそそくさと退
散することにする。
 メンバーは思った。
 初めて触れた芸能界がイヤだった。ビッグバンドの楽屋がイヤだった。出演者のアイド
ルグループがイヤだった。それをお目当てに来る客がイヤだった。そして、そして、そし
て・・・。
 心がもんもんとしていた。初めは芸能界や芸能界のファンそのものを嫌悪していたのに、
いつのまにかそれを嫌悪している自分にたいして嫌悪し始めている。
・・・芸能界も、そのファンもキライだ・・・
・・・なんだよビッグバンドのやつら。みんな女連れで・・・
・・・しかも楽屋で麻雀なんかやりやがって・・・
・・・アイドルグループが登場すると客はきゃーきゃー言いやがって・・・
・・・でもさ・・・
・・・僕らだって子供のころさ、興奮したよな・・・
・・・ポール・アンカやヘレン・シャピロやプレスリーを聞いて・・・
・・・それとどこが違うんだ?・・・
・・・それって、嫉妬じゃない?・・・
・・・外国の歌手が僕らにとってはアイドルだったわけだろ?・・・
・・・出てくる音がすべてなんじゃないのか?・・・
・・・衣装がふりふりだって、楽屋の態度が下品だって・・・
・・・私生活が乱れていようと、関係ないんじゃないの?・・・
・・・単に音楽の好き嫌いなのか?・・・
・・・わかんない・・・
 答はでない。
 ある意味で、京都拾得での経験よりも重いライブだった。

 8月に入ると、あの伝説の「郡山ワン・ステップ・フェスティバル」に出演することに
なる。
 実は「ワン・ステップ・フェスティバル」は郡山市の「「市制50周年記念・新しい未
来への祭り・・・緑と広場そして大きな夢」というスローガンのもと、花火大会や「こど
ものまつり」などさまざまなイベントが行われた。その一環として外国からのアーティス
トも招いた大規模なワールド・ロック・フェスティバルが開催されたのである。