Chapter three : thirty-third episode



 翌日は大阪「デューク」に出演。
 ライブハウスというよりは普通の喫茶店だった。
 店内はやけに細長いつくりで、まるでウナギの寝床だ。そして店の一番奥、さらに狭まったスペースがある。そこで演奏するのだという。
「え〜!ここで?」
「どうやって並ぶの?」
 メンバーは一様に「ありえない!」といった顔つきをしている。
 長門が店の人間と打ち合わせをした後メンバーに告げる。
「え〜と、ドラムはあの狭まったところの一番奥ね。で、アンプはその壁際にななめに置
いてもらって、あと3人は前からクマ、村松君、ワニの順番で縦一列に立ってもらう。タ
ー坊はこちら側のアップライトでゆっくりやってね」
 とりあえず言われたとおりの配置についてリハを始める。
 大貫は壁とにらめっこしながらの演奏。山下以外の3人は前の人間の後ろ姿を見ながら
の演奏。おそらく客の姿は見えないだろう。やりづらい事おびただしい。
 それを客席側から見ると、とんでもなくおかしい。山下を筆頭にならぶ3人のメンバー
がまるで千手観音みたいに見える。
 そして夜。
 客の入りはまばらだ。10人いるかいないか。
 演奏した。
 やはりやりづらかった。
 宿に戻ってしばらくすると銀次が訪ねてきた。部屋でいろいろ話をする。銀次が東京に
出てくる前の大阪時代の苦労話。メンバーは聞き役。
「でね、むかしディスコで演奏してた時だけどさ、ちょっとでも客の気に入らない曲やる
とすかさず2階席から1階のステージに向かって、火のついたタバコがばんばん飛んでく
るわけよ。恐いったら、もう」
「・・・・・」
 メンバーは頭の中でその光景を想像して、無言になる。
 ちなみに銀次は大阪人だが、東京の人間と話すときは完璧な東京弁をつかいこなす。
 さらに話は続くが、あまりに血なまぐさい大阪での事件が多いので、省略。
 銀次との会話の後、メンバーは大阪で演奏することに対し、ネガティブな気持ちを抱く
ようになってしまった。
 さらに翌日。京都に移動。
 関西ブルースのメッカ、「拾得」に出演。
 昨夜のネガティブな気持ちを引きずったまま、メンバーの精神はぴりぴりしている。
 そして本番の最中にそれは起こった。
 数曲を演奏してMCの途中、とつぜん客席の中程からヤジが飛ぶ。
「帰れ!」
 すると今度は最前列の一升瓶をかかえた客が叫ぶ。
「もう、やめ!東京へ帰れ」
「京都にくるなぁ!」
 山下の頭は真っ白になる。
 一瞬、空白のあと、何かを断ち切るかのようにカウントを出す。
 次の曲が始まってもメンバーの頭の中は血が渦巻いている。
 大貫は恐かった。
 大貫だけがステージから一段下がった、客席のフロアで演奏しているので、ヤジを飛ば
した客に近い。
 大貫の後ろ姿が強ばっている。
・・・ふざけんな、バカヤロー!・・・
・・・なんかやだなぁ・・・
・・・ちきしょう、見てろよ・・・
 メンバーの心は逃げ出したい気持ちと、攻撃的な気持ちが複雑に混ざりあって、完全に
テンパっている。
 耐えた。
 耐えて、最後まで演奏した。
 後ろの方の外人客だけが妙にノッていた。

 バンドは成長した。