Chapter three : thirty-second episode



 5月初旬。
 前日、神戸のラジオ関西でバンド初のラジオ公開録音を終えた一行は、いま大阪六番町
コンサートの楽屋で本番の後くつろいでいる。
「やっぱり関西は勝手がちがうね」
「うん、客のノリもいまいちだし」
 自分たちの演奏を棚に上げて、鰐川と野口が関西でのやりにくさについて話している。
「でも、昨日のラジオ局の人は感じ良かったわよ」
「・・・」
「逆に、関西の人たちって分かりやすいんじゃないかしら。面白いときは大ノリだし、つ
まらないときはブーイング。まあ素直ってことよね」
 大貫がまことに適格なことを言う。
「おつかれ」
 そこへマネージャーの長門が顔を出す。
「おつかれ〜!」
「どうだった、今日は?」
「まあまあかな。昨日よりはましだけど」
「それよりちょっと説明しておくね」
 長門はそう言って、みんなの顔を見まわす。
「え〜と、今日のこの六番町コンサートまでは風都市の仕切りです。で、明日と明後日の
ライブは僕らがとってきた仕事なので」
 そこまで話したとき、大貫が口をはさむ。
「僕らっていうのは?」
「あ〜、ほら、風都市がもうあれでしょ?だから仲間と新しい事務所を立ち上げようとし
てるとこなんだけど。もうちょっと進展したらみんなに話そうと思ってたんだ」
「で、どこまで話したっけ?・・・そうそう、そんなわけで明日までの宿代は確保できて
るんだけど、明後日の京都のライブの後の宿は去年の長崎のときみたいに、また仲間関係
の家にお世話になるかもしれないので、覚悟しておいて欲しい。と、そういうこと」
「ぜんぜん平気。昨日の宿だってあんまりよくなかったもん」
 メンバーが泊まったのは昔ながらの商業宿だった。そう、旅先の商人たちが常宿にする
ような旅館。
 神戸から大阪に戻ってホテルに向かうと、その辺りはいかにもといった雰囲気の場末の
三業地帯。
「ねえ、ここいらちょっとやばくない?」
「うん、かなりこわいね」
「ほら、道路の角、角にけばいお姉さまたちが立ってるし」
 ようやくホテルにつき部屋に案内されると、そこは畳敷きの大部屋。
「わーお。みんな一緒?これじゃ成増のNさんちと変わらないね」
「ホテルっていうより宿屋だな、ここは」
「名前は一応○○ホテルってなってたけどね」
「ロビーもかなり怪しい雰囲気だったな」
「ところでお風呂はどこ?」
「7階だって」
「え〜!風呂なし〜?」
 と、まあそんな宿だった。

「ははは。確かにひどかったな。でも宿代出るだけましだよ」
「で、あれ?クマと村松君はどこ?」
「ステージの袖でスターキング・デリシャス見てるって」
「そうか。そろそろ布谷さんとココナツ・バンクの出番だから、我々も袖から見ようか」
♪〜俺らはな 生まれながらの 牛追だ〜  (註1)
 ステージに向かっていると布谷文夫の「深南部牛追唄」が聞こえてきた。
「もう始まっちゃったよ。急ごう」
 階段を駆け上がるとステージの袖につく。
「クマと村松君は反対側みたいだね」
 こちら側の袖からはユカリの斜後ろ右半身がよく見える。
 野口はまんじりともせずユカリのドラミングを注視している。
・・・すげえ!もう5分以上セカンドラインを叩き続けてる・・・
・・・見ろよ、あの上腕。静脈が浮き出ちゃってぱんぱん・・・
・・・俺にはとてもじゃないけど・・・無理!・・・
 ニューオーリンズのドラミングスタイル、セカンドライン。
 ユカリのそれは、その独特の叩き方から通称「野菜炒め」と呼ばれている。
      註1「深南部牛追唄」 written by 多羅尾伴内、銀杏次郎丸、ジミー蘭越