Chapter three : twenty-ninth episode



 今ではすっかり耳に馴染んでしまった「ントイタ・トイタン」で始まる「show」の間
奏出だしのフレーズ、当初は「トイタトイタトイタ」で始まるスピード感あふれるフレー
ズだった。それが16分ずらしによってものの見事にトリッキーな間奏に変身することに
なる。  だがこの「トリッキーさ」は人間の生理的なリズムを無視するものだったから、容易に
身体のなかに入ってこない。弾ける弾けない、の問題ではなく、体内感覚がそれを拒否し
てしまうのだ。これを自分のものにするためには、ただひたすら反復練習して身体に力ず
くで覚えこませる以外ない。
 おかげで村松は次のレコーディングまでの間、ギターを手にしていないときも、ご飯を
食べてるとき風呂に入ってるとき、トイレに入ってるとき、・・・それこそ四六時中「ン
トイタ・トイタン」で頭の中はいっぱいだった。

 デモテープレコーディング2日目。
 この日はギターのダビングからスタートした。
 曲は「夏の終りに」。
 音決めが終わるとすぐにイントロとオブリにとりかかる。これは比較的短時間で終了。
 そして間奏。
 何回やっても同じところ、14小節目でリズムが転ぶ。
「どうもダメだな。いつもおんなじところでつまずく」
「それに音色もぱっとしない」
「ダブルでやってみようか」
「オッケー」
 ということで、あのジョージ・ハリソンも多用しているダブルトラックでいくことにす
る。
「おーっ、いいじゃん」
「リズムのつまずきも多少ごまかせるみたい」
「・・・」
 1曲目が終わるといよいよ「SHOW」の間奏。
「よ〜し。いつでもかかってこ〜い」
 練習漬けの毎日を送った自負があるせいか村松はやる気まんまんだ。
「は〜い。テープ回りました〜。どうぞ」
 し・か・し。
 練習の甲斐なく結果は惨敗。
 後半の6小節は問題ないのだが出だしの2小節がどうしても決まらない。その2小節た
めだけに1時間以上かかってしまったのに。
「うわ〜ん。ダメだぁ」
「だいじょうぶだよ、もう1日あるから」
 村松の集中力が続かなくなってきたので、次は仮歌のままだったボーカルを録ることに
する。
 山下のボーカル入れは早かった。
 これにはスタッフもプロデューサーの大瀧も内心舌を巻く。
 当の本人はまだ歌い足りなかったようだが、録れちゃったものはしようがない。なにし
ろ時間の制約の中でデモテープを完成させなければいけないのだから。
 休憩をはさんでコーラスを録音する。
 まずは手慣れたところで「夏の終りに」のコーラスにかかる。
 10ヶ月前に成増で練習した時間差コーラスを初めてまともなスタジオで録音する。そ
して自分たちで聞くことができる。ライブで録音したものはいまいちコーラスがよくわか
らない。
 2時間足らずでOKが出たのでさっそくプレイバックする。
「あ〜、こういうことだったのね」
 自分たちのコーラスをチェックしながら、めいめいが勝手に感想を言い始めた。
「意外にスムーズに聞こえるね。やってるときは大変なのに」
「でもさ、コーラスだけだったから楽じゃん。普段は、楽器弾きながらだからしんどいけ
ど」
「さすがに1年もやってると声が溶けて聞こえるな」
 などなど。
 続いて「SHOW」の間奏前のブリッジ部分、アカペラコーラスを録る。
「うまくいくかな」
「2ヶ月も練習したんだから大丈夫よ」
「リハだと思えば?」
「うん・・・そうだな」
 デモテープレコーディングは続く。