Chapter three : twenty-eighth episode



 食事後の休憩をはさんで後半戦に突入する。
 後半戦1曲目は「パレード」。
 山下がシングル用にと書き下ろしたこの曲はフィフス・アヴェニュー・バンドの名曲「ナ
イス・フォークス」に曲調が似ているため、メンバーにとっては馴染みやすく演奏もスム
ーズに進む。とはいっても、演奏力に雲泥の差があるためフィフス・アヴェニュー・バン
ドのようにならないのは当たり前だ。
 2曲目は大瀧詠一の「指切り」。
 何故かこのデモ録音の日、パーカッションのシンペイの姿はない。そして村松のスライ
ばりのワウワウ大作戦も却下された。だからこの日のセッションではほとんどギターのリ
ズムカッティングが主役になっている。

・ ・・僕のギターもずいぶん変わったなぁ。2年前にはホワイトブルースしか弾けなかっ
たのに・・・
 プレイバックを聞きながら村松はそう思った。
 後半戦が終了したのは夜中の3時ころ。前の日の昼過ぎにスタジオ入りしたので、すで
に12時間以上スタジオにいることになる。メンバーやスタッフにそろそろ疲労の色が見
え始めている。
「はい、おつかれさん。楽器の差し換え(部分的にアラの目立つパートをそこだけ録りな
おすこと)や、ソロやその他のダビング、コーラス、歌入れ等、まだやることはたくさん
ありますが、それらは残りの二日でやります。今日のところはこれで解散」
「おつかれ〜」
「さあ、さっさと帰って寝るとするか」
「ちょっと興奮してるから、なかなか寝つけないかもね」
「あ〜楽しかった」
 めいめい勝手に話ながら後片付けを始める。
 するとまたも大瀧が村松のそばにやってきた。
「村松君」
「はい」
「SHOWの間奏なんだけどね」
「はい」
「フレーズはなかなか良くできてると思うんだけど、ためしに初めの2小節間をぜんぶ1
6分後ろにずらせてみないか?」
「え〜!16分後ろにですかあ?」
「そう」
「やってやれない事はないと思います。すぐには無理ですけど」
「じゃあ練習して次のレーコーディングの時に試してみよう」
「でも、どうしてですか」
「いや、その方がソロに緊張感が増してかっこよくなると思うんだ」
「・・・わかりました。練習してみます」
 このころの村松はなんでも吸収してやろうと思っていたから、「いやです」とか「でき
ません」という言葉はけっして口に出さなかった。
 とはいうものの、どうしていいのか内心では途方にくれていた。
「あんな安請け合いして大丈夫なの?」
 そばでやり取りを聞いていた山下が声をかける。
「いや、それが・・・」
「ことわってもよかったんだよ」
「そういわれても・・・」
「じゃあさ、いま弾いてるフレーズを16分音符で書いてみて、そこから取りかかってみ
れば」
「わかった、そうする」
 家に帰ってからがさらに大変だった。
 それまで譜面など書いたことがなかった村松は、わずか2小節のフレーズを譜面に起こ
すのに四苦八苦しながら1時間以上もかかってしまった。
 気がつけば窓の外はもう明るい。
「くそ、今日はこれまで。もう寝る」
 しかし、レコーディングの興奮と頭の中を16分音符が羽を生やして飛び回っているた
め、なかなか寝つけない。
「やっぱ起きる」
「え〜と、この小節の頭に16分の休符を入れて・・・」
「で、小節の最後の16分を2小節目にずらしてと・・・」
「ぶつぶつ・・・・ぶつ・・・・げ!・・・」
「・・・うわ・・・・・ちゃっ・・・・ぶつぶつ・・・」
 村松は次のレコーディングまで16分音符地獄のなかで過ごすことになる。