Chapter three : twenty-seventh episode



 楽器間の音漏れ対策が終わったところで、再度サウンドチェックを行い、ようやくレコ
ーディング開始となった。
「何からやるべ」
 と、村松。
「まぁ、いちばん長いことやってて慣れてるから、夏の終りに、が無難なんじゃない?」
 山下が応じる。
「よ〜し、気合い入れていくぞ〜!」
 野口が張りきると、すかさず大貫がつっこむ。
「野口くん、がんばりすぎるとトチるわよ」
 で、とりあえずヘッドフォンのモニターバランスを取りながら演奏してみる。
「うん、バランスOKみたい」
「いい感じだ」
「じゃあ、やってみようか」
「テープ回してくださ〜い」
「はい、テープ回りました〜。ど〜ぞ」
 野口がカウントを出して演奏が始まる。
 ・・・・・・・
「は〜い、プレイバックしま〜す」
 演奏が終わってプレイルームでプレイバックを聞いていると大瀧が入ってきた。
「村松君、ソロやオブリはあとでダビングするから」
 村松はライブと同じつもりで普段と変わらないフレーズを弾いていた。
「え〜、じゃあ何弾けばいいんですか?」
「コード押さえて、ウンチャカ、ウンチャカって裏のリズムきってくれないかな」
 村松は思わず山下の方を見た。
 山下は無言だが「平気だよ、言われたとおりにやってみれば」と、眼で合図している。
「わかりました。じゃ、やってみます。・・・けど何回か練習させてください」
「オーケー」
 コードの裏打ちぐらい、とタカをくくっていた村松だが、いざ実際にやってみると思い
のほか手強かった。
 右手で弦をヒットしたあと、左手を指板からわずかに浮かせて音をミュートするタイミ
ングが微妙にむずかしい。さらに1曲を通して右手を16分で振り続けると、疲労がたま
ってきてテンポがずれそうになる。
・・・やばい。気合い入れてやんないと・・・
 他のメンバーは律儀に村松の練習につきあってくれる。まあいいウォーミングアップに
もなっているわけだが。
 時計の針が午後9時を回ったころ、ようやく「夏の終りに」のベーシックトラックを録
り終えた。
「なんか違う曲に聞こえるね」
 プレイバックを聞きながら鰐川が言った。
「うん。リズムに締まりがでてきたみたい」
 大貫が応える。
「はい、どうもすいませんね」
 これは野口。
 プレイバックが終わると、みんな満足そうな顔をしている。
「オッケー、じゃ、次の曲いこうか」
 山下の声に、へとへとになっていた村松は思わずこう言った。
「あの〜、腹へったんだけど〜」
「そういえば、わたしも」
「ぼくも〜!」
 みんな後につづく。
 それを聞いた風都市のスタッフが気をきかせる。
「この時間だともう出前は無理ですから、なんか調達してきます。それまで作業を続けて
いてください」
「よ〜し、メシが来るまでに次の曲やっつけようぜ」
 なんとも単純な脳細胞のメンバーであった。
 2曲目に録音するのは「SHOW」
 12月のライブのときはまだ未完成の状態だったが、正月からの集中リハーサルで、見
違えるような曲に仕上がっていた。
 目玉は間奏前のブリッジ。かなり斬新なアカペラコーラスになっている。
 そして村松のギターソロも、考え抜かれたフレーズになっていた。
 全員の集中力のたかまりがそろってきたのか、1時間ほどでベーシックトラックの録音
にOKが出た。
「お待たせ〜」
 プレイバックをしようとしていたところにタイミングよく食事が到着。
「やった、やった〜」
「メシだ〜!」
「うわ!すげえ。おにぎりがいっぱい!」
 風都市のスタッフが持ってきたのは、きれいに折り箱に積められた握り飯の山。ちょっ
とした副菜と香の物。
「あ〜、卵焼き美味しい〜」
「シャケだ」「あっ、タラコ」「葉唐辛子も」
 欠食児童たちは自分たちのプレイバックを聞くのも忘れて、ときならぬ夜更けのピクニ
ックを楽しんでいた。