Chapter three : twenty-fifth episode



 この74年の1月から3月の3ヶ月間にシュガー・ベイブは飛躍的にレパートリーを増
やした。
 初めこそ、すでにライブで演奏していた楽曲のアレンジを煮詰め直すことから始まった
新宿貸しスタジオでの練習だったが、1週間もすると新曲のオンパレードになってくる。
 大貫は「蜃気楼の街」「いつも通り」の2曲を書き下ろした。
 村松は初めての楽曲「うたたね」を難産のすえ完成させた。
 そして山下は「今日はなんだか」「雨は手のひらにいっぱい」そしてシングル用として
「パレード」の3曲を仕上げる。
 どの曲もバンドで仕上げるのには時間がかかったが、とくに難しかったのが「いつも通
り」と「今日はなんだか」の2曲。
 大貫の書き下ろした「いつも通り」は、そのころ彼女が愛聴していたシリータ・ライト
の影響をもろに受け、とにかくコードの使い方が斬新だった。そして和音の複雑さを感じ
させないシンプルで美しいメロディが耳に残る名曲なのだが、一人ついていけない者がい
た。
「これ、どうやってギター弾いていいんだかわからないよ」
「だって、コードはター坊がピアノで押さえてるし、クマはリズムカッティングしてるし、
動きが複雑でギターのオブリなんて考えられない」
「ギター2本なんていらないじゃない」
 村松がヒスをおこす。
「う〜ん、いわゆるギタリスト的なアプローチでオブリを弾こうとしても難しいだろう
ね」
 山下も考えながら言う。
「じゃあ、どうしろって」
「たとえばさ、ター坊がコード押さえながら歌ってるときに、メロディの合間に何かべつ
のラインが浮かんでこない?」
「あるいは歌ってる最中に、歌のメロディとはべつのメロを思い浮かべてみるとか」
「まぁ、それはちょっとは浮かんでくるけど・・・」
「そしたら、それをギターでなぞってみるとか」
「でも単音で弾いてもサマにならないんだよ」
「じゃあ、オクターブで弾いてみれば」
 山下に言われて、何度かトライしてるうちに村松のフレーズは徐々に形になってきた。
いわゆるカウンターメロディを作ったことになる。
 シュガー・ベイブのギターリフの特徴である「本来ならストリングスやブラスで演奏す
るフレーズを、ギターで代用するスタイル」はこの頃から使われ始めた。
 もうひとつの難関「今日はなんだか」は別の意味でクセものだった。
 16分シンコペのリフが強力にドライブするビートに、彼等は馴染みが薄い。とはいえ
ソウルミュージックのヒット曲の中には、その手のビートも少なくはなかったので彼等も
耳にはしていた。しかし、聴くと演奏するのとでは大違い。イメージではわかっていても
実際に演奏するとまったくちぐはぐなビートにしかならない。ことに野口と鰐川の苦労は
並み大抵のものではなかった。
 結局、初めて1年足らずのドラマーのテクニックが急激に上達するはずもないので、1
6分の基本的ビートはシンペイのコンガにまかせることになる。そしてドラムはフェイク
した8ビートを叩く事でかろうじてアンサンブルとして全体の16ビートを保つことにな
った。
「うわぁ〜、しんどいなぁ、これは」
「今はスネアでやってる符点のところ、ほんとはキックでやるんでしょ?とてもじゃない
けど無理」
 野口の愚痴に鰐川がつきあう。
「まあ、練習あるのみだって」
「いくら練習したって無理は無理。半年か1年後だったらどうにかなるかもしれないけ
ど」
「だからさぁ、今はスネアでいいって。でも練習はしとかないと」
「大丈夫ですよ。全体として16分ノリがでていれば、野口さんは今のまんまで」
 シンペイの発言に野口はムッとする。
「なに言ってんだ、オメーはよ」

 3月に入るとレコード会社へのプレゼン用デモテープ録りの話が具体化してきた。
「4月の第1週に録ることに決まったよ」
 長門がメンバーに告げる。
「場所はニッポン放送の銀河スタジオ」