Chapter three : twenty-second episode



 翌日のリハに野口が週間ポストを片手にやってきた。
「おはよう。ねえ、これ見てよ」
 そう言って雑誌を鰐川に渡した。
「えっ、風吹ジュンがグラビアに載ってるとか」
 鰐川はページをぺらぺらとめくる。
「違うよ。もっと後ろ」
「どこどこ」
「もっと全然後ろ。今週のイベント情報みたいなコーナーがあるでしょ」
「あ〜、あった」
「そこの最後の方見てみ」
「あー!!僕らのコンサートが出てるぅ!すげぇ」
 あまりの大声に隣の部屋でピアノの自習をしていた大貫がそばにやってきてページを覗
き見た。
「どれどれ。なんだ、ただの告知じゃない。囲みで広告でも載ってるのかと思ったわよ」
「でもさ、こんな一般誌に告知が出てるだけでもすごくない?」
「まあ確かにね。長門君もやるわね」
 そこに野口が当然の疑問をはさむ。
「でも、どれだけ効果があるんだろう」
「さあ〜」

 メンバーが揃ってリハが始まると山下はこう切り出した。
「ショーとシュガー2曲新しいのがあるけど、もうひとつくらい新曲やりたいなぁって思
ってるんだ」
「また新曲書いてきたの?すごい」
 と、大貫が賛嘆の声をあげる。
「さすがにそれは無理だから、またカバーをやろうと思って。それも日本語の」
「えっ、誰の曲?」
「大瀧さんの指切り」
「あぁ、ソロに入ってる曲ね」
 鰐川がうなずく。
「まあ大瀧さんにはコンサートを見てもらうわけだから、敬意を表してってのもあるんだ
けどね」
「で、そのままやっても芸がないので、ちょっとリズムのアレンジを変えようと思う」
 そう言いながら野口の前に行く。
「キックは1、3でスネアは2、4。でハットは16分混ぜてチッチキチッチキ」
 野口はさっそくビートを叩き出す。
「で、シンペイはカウベルで、ウンカン、ウカウン、カンウカ、ウンカン」
 野口のドラムにシンペイが典型的なラテンのリズムをからめ始めた。
「ベースは4つ打ちね」
 鰐川がベースを4分で鳴らし始めると、腰が動き出すようなビートになってくる。
「うわぁ〜、かっこいい」
 と、大貫。でも山下には聞こえていない。
「で、村松君はさぁ」
 山下が途中まで言ったところで村松がさえぎった。
「スライでしょ。ファミリー・アフェアね」
「おっ、正解」
「だったら今夜、家に戻ってワウ探して持ってくるよ」
 村松にしてはめずらしく山下の意図が見えた。
 村松は夏に買ったスライ&ザ・ファミリー・ストーンの「暴動」を愛聴していたから山
下の作り出すビートを聞いてすぐにピンときたのだ。Pファンク、プリンス、さらには現
代ヒップホップの源流ともいえる、あのスライ・ストーンだ。
 そして高校時代のバンドで使っていたエーストーンのワウワウがまだ家にある事を思い
出した。
「とりあえず今は適当に合わせてみるよ」
 指切りが始まった。
 シュガー・ベイブ初の跳ねたビートが始まった。