Chapter three : twenty-first episode



 次の練習のとき鰐川は左手の中指に包帯を巻いてあらわれた。
「鰐川君、その指どうしたの!」
 最初に気づいた大貫が心配して声をかけるのだが、コンサートが近いせいか調子がきつ
い。
「おとといバイトで怪我しちゃってさ」
「そんなんでベース弾けるの?」
 と、村松。
「もう痛みはほとんどないから平気」
「そうじゃなくて。包帯巻いた指で弾いてちゃんとした音になるかっていう意味」
 これは山下。
「大丈夫だと思うよ。ほら、手袋はめてベース弾くミュージシャンもいるくらいだし。ベ
ースはそのへんアバウトだから」
「そうかもな。でも気をつけてくれよ、みんなも」
「そうよ。わたしなんかコンサートまでは殺されても死なないっていうくらい、体調に気
をつかってるんだから」
「・・・・」
「そ、そろそろ練習はじめようか」
 練習部屋でセッティングをしていると野口が鰐川のそばにきて小声で言った。
「ドジ」
「どうせドジです」
「そこの二人、私語はつつしむように」
 山下が練習の開始をつげる。
「この前の練習で新曲の演奏はほぼ固まってきたから、さらっと流すだけにして、今日は
ショーとシュガーのブリッジ部分のコーラスを重点的にやろう」
 2時間ほど練習をしていると長門の後輩の木村シンペイがやってきた。シンペイはこの
頃からシュガー・ベイブのパーカッションを担当するようになっていた。
「遅れちゃってスミマセン」
「じゃあちょっと休憩するか」
 シンペイが準備をするあいだコーヒーブレイクに。
「でもさぁ、ワニ」
 村松が話しかける。
「なにさ」
「意外とかっこいいもんだね。包帯したままベース弾くのって」
「そうかな〜」
「絶対だって。怪我なおってもコンサートのとき包帯すれば」
「え〜!?まじで?」
「受けるって、絶対」
 鰐川は村松のことをちょっと変態だと思ったが、半分その気になっていた。
「ところでさぁ、新曲のショーは9小節目のF/Gがミソだね。ふつうあそこでサブドミ
に11th 使わないもん。ねえクマ」
「おっワニ、いいところに気がつくねえ。って普通だよ、べつに」
 山下はそっけないながらも嬉しそうだ。
「そうかなぁ。なんか今までのコード進行と違うような気がするんだけど・・・あっ、新
しいレコード見つけたとか」
 山下と付き合いの長い鰐川はするどい。
「はずれ。・・・実は・・・ピアノを買ったんだ。ちゃっちいエレピだけど」
「あ〜、それでか」
「ピアノで曲をつくるとやっぱりギターとは全然ちがうわ。コードの動きが自由になるっ
ていうか」
「やっぱり違うんだぁ」
 鰐川は納得する。
 やりとりを横で聞いていた村松にはちんぷんかんぷんだ。
 村松にはまだそのへんのコード理論はよく分かっていない。コードネームを追いかける
のが精いっぱいだった。
「わたしも家にピアノが欲しい・・・」
 大貫がぽつりと言った。
 ソロコンサートまであと7日。