Chapter three : nineteenth episode



 その日、村松は学園祭のために山下と大貫をピックアップすることになっていた。
「どうせまた渋滞するだろうし、時間と道順考えるとター坊が先だな」
 スカイラインは一路大貫の住んでいるアパートに向かう。
 思ったよりも道は空いていた。
「あれ〜。ずいぶんスムーズに流れてるなぁ」
 やがてアパートに到着。
「45分も早く着いちゃった。この前の半分かよ。まっいいか」
 大貫の部屋の前に立ちドアをノックする。
「は〜い」
 ドアが開いて大貫が顔を出す。
「あれ?村松君。どうしてこんなに早いの?」
「道が空いててさ、えらく早く着いちゃった」
「じゃあ上がっていっぷくしてけば」
 今まで何回か大貫を送ってきた事はあるが、まだ部屋に入った事のない村松は一瞬ため
らった。
「じゃあそうさせて貰おうかな」
「はい、どうぞ」
「お邪魔します」
 大貫の部屋は2面に窓がある角部屋で、明るく、きれいに片付いている。
 部屋に入るなり村松は眼をみはる。
「わ〜、きちんとしてる」
「そんな事ないわよ。ふつうよ」
「そうか。僕の部屋がきたなすぎるのか」
 そうは言ってみたものの、村松は「部屋の整とん具合は住む人の性格だ」と思っていた。
「いまコーヒーいれるからその辺に座ってて」
 リビングテーブルの側に腰を下ろした村松は妙なものを見つけた。
「ねえ、これな〜に?」
「えへへ、見られちゃった」
 それは横幅1メートルくらいの紙にピアノの鍵盤を正確に書き写したものだった。
 大貫がコーヒーカップをトレイに乗せて運んでくる。
「これで毎日ピアノの練習してるの」
 コーヒーをテーブルに並べながら話す。
「バンドで練習してるときだけピアノ弾くんじゃ練習時間足らないし、かといってピアノ
買うお金もないから、これなわけ」
「でも音出ないじゃん」
「音はね、バンドでやるときに確認してるし。何もしないよりはいいでしょ?」
 村松はうなった。この人の根性はスゴイ。
「う、うん。そうだね」
「あっ、そうだ。ねえ、これ聞いて」
 大貫がレコードをかける。
「最近よく聞いてるの」
 新鮮な音使いのアレンジに華麗な女性ボーカルのソウルミュージックが流れてくる。
「おっ、いいね、これ。誰?」
「シリータ・ライト。スティーヴィー・ワンダーの奥さんだった人」
「どうりで」
 で、しばらくその辺の音楽談義に花が咲く。
「ねえ、そろそろ山下君とこ行ったほうがよくない?」
「もうこんな時間か。そうだね。コーヒーごちそうさま」
「どういたしまして」
 山下を時間通りにピックアップした後、3人は学園祭の現場に向かう。
 後部座席に座った山下は車の振動に身をまかせながら、新曲の事を考えていた。
・・・まだ何か足りない。僕たちならではの音楽。そのキーワード・・・
 それまで順調だった車の流れが現場に近づくにつれ鈍くなってきた。
・・・あれれ、また渋滞か。都会は車が多くて・・・
・・・これじゃ地下鉄で行った方が早いじゃん・・・
 山下はいつもせっかちだ。
・・・田舎に住んでるんだったら車は便利だけど、東京じゃ・・・
・・・待てよ。自動車は全国どこにでもあって、ましてや田舎では必需品・・・
・・・でも東京では電車の方が便利。で、地下鉄・・・
・・・これだ。僕たちの音楽。都会のいや、街の、シティの音楽。そのリズム・・・
・・・地下鉄が走っている、そんなビート。それだ!それが僕たちの音楽だ・・・