Chapter three : seventeenth episode



 曲が徐々に形になってゆくと、いよいよギターのアドリブソロの問題が浮上してくる。
 村松はこのバンドでギターを弾く事になったときから、それまでのホワイトブルース仕
込みのギタースタイルを断念していた。新たなターゲットにしていたのが前述したコーネ
ル・デュプリやスティーブ・クロッパー(ブッカー・T&MG’Sのメンバー。白人であ
りながらソウルフルなギターには定評がある)だった。しかし彼等にしてもあまり延々と
アドリブソロを弾くようなギタリストではない。
「あ〜、どうしようかな、アドリブ」
 困っている村松に鰐川がレコードを差し出した。
「こんなのどうかな」
 渡されたのはオールマン・ブラザース・バンドの「イート・ア・ピーチ」だった。
「え〜、オールマン?オールマンのスライドギターじゃ参考にならないよ」
「じゃなくて。ディッキー・ベッツの方」
「あっそうか。その手があった」
 デュアン・オールマンとグレッグ・オールマンの兄弟が中心となって結成されたサザン
ロックの旗手オールマン・ブラザース・バンドの売りは何と言っても空を飛ぶようなデュ
アンのスライドギターである。と同時に忘れてならないのがもう一人のギタリスト、ディ
ッキー・ベッツ。
 デュアンの交通事故による死後、バンドはグレッグとディッキーの二人が音楽的中心に
なるのだが、村松はそのディッキー・ベッツの独特のギタースタイルに惹かれていた。
 ディッキーのギターはクリーントーンでチョーキングもほとんど使わず、2度3度5度
6度をスラーとハンマリングを多用して構成されているのだが、そのスタイルで延々とソ
ロを弾く。
 ディストーション禁止令のおかげでアドリブソロを弾く時は手足をもがれた状態になっ
ていた村松にとって、ディッキー・ベッツのこの奏法は闇夜からの脱出口だった。
「そうだよ、そうだよ。ディッキー・ベッツだよ。なんで自分で気がつかないんだ、オレ
って」
 村松は解決への糸口を見つけたことで声が明るい。
「ヒントになった?」
 と鰐川。
「なった、なった。なんか奢るよ」
 ようやく全体像が見えてきたシュガー。
 村松のアドリブソロのトライで曲が完成するかと思いきや、こんどは山下がブルースハ
ープのソロも入れようと言い出す。さらにアカペラのコーラスパートを経て2部へ突入す
るという組曲のような構成になる始末。
 その後ライブで実際に演奏してみると10分を超えることしばし。とんでもない大作に
なってしまった。

 リハの合間に山下は長門と打ち合わせをしている。
「そういうわけでソロのコンサートやろうと思ってるんだ」
 長門はしばらく考えていた事を山下に打ち明ける。
「ソロのコンサートねぇ・・・」
「ダメかな」
「いや、やるのはいいんだけど、採算とれるの?」
 山下の疑問はもっともだろう。
「だいじょうぶ。なんとかする」
 長門はそう返事をしたものの、自信はなかった。
 同時にこれをやらなければ活路は開けないとも思っていた。
 コネをフルに活用して是が非でも成功させるつもりだった。
「長門君がそう言うんだったら、いいよ。やろう」
「よし、決まりだ」
「で、その件はいいとして、学園祭とかはどうなってる?」
「それはもう決まった。11月に2本やる」
「ギャラは?」
「出る」
 さらに長門は続ける。
「ソロコンサートは12月にやるつもりだから、11月の学園祭は公開リハのつもりで思
いきって新曲のテストをやったらいいと思う」
「オッケー、僕もそう思う」