Chapter three : fifteenth episode



 長門は困惑した表情でコーヒーカップをもてあそんでいる。
「またコーラスの仕事だ」
「今月に入って2本目か。日銭を稼げるのはいいんだけど」
「でも、野口とワニはそういうわけにはいかないし」
「とりあえず学園祭出演の手配はしたけど、ロックバンドとしての認知度を上げるために
は何かほかに手を打たないとダメだな」
 あいかわらずシュガー・ベイブのバンドとしての認知度は低く、もっぱらコーラスグル
ープとしてのシュガー・ベイブの名だけが独り歩きしている状態だ。
「そうだ!自主コンサートをやろう」
「500人くらいのキャパの小ホールで、まぁちょっとゲストも呼んで・・・」
 またも長門は博打を打つ事にした。

「これからやる曲はインストっぽくなると思う」
 新曲のコード譜を配りながら山下は言う。
「インスト?どうして」
 山下とは一番付き合いの長い鰐川が不思議そうに聞いた。かつて山下が自ら好んでイン
ストを演奏しようなどと言った試しがないからだ。
「いちおう歌の部分もあるんだけど、メインテーマはギターがやって、アドリブソロも重
要になってくるんだ」
「アドリブ!そりゃ・・・」
 村松は言葉につまる。
・・・今のクリーンなギターサウンドでどうやってアドリブなんてやるんだ・・・
 その頃の村松の中でアドリブといえば、ホワイトブルース系のオーバードライブのかか
ったギターサウンドの中でしかありえなかった。
 山下は続ける。
「要はさ、これから学園祭とかの野外ステージや、あるいはいろんなバンドと一緒にやる
ステージが多くなってくると思うんだ。そうするとうちらみたいな歌ものばかりやってる
バンドだと飽きられるというか、ノリが悪いというかさ」
「まあ、よそのバンドはけっこうヘビーな音作りしてるとこ多いから、なめられるのも癪
だし」
 山下がそう考えるのも無理はない。
 当時の日本の音楽シーンでエレキギターを奏でるバンドの大半はハードロックやブルー
スロック系の音楽であり、歌もの中心のポップロック系のバンドは稀な存在だった。まし
てや日本語でオリジナルを演奏するなどといったら「この軟弱もの!」と、言われかねな
い状況だった。ただ、漠然とではあるが、日本人のための日本語のロック(本来の意味で
のロック。歌謡界の先生方が作ったグループサウンズのようなものではなく)を必要とし
ていた空気が時代の中に存在していたのも確かである。
 山下の危惧はこの後1年半ほどは適中することになる。
「じゃあぼちぼち始めようか」
 山下はいつものようにパートごとにフレーズを指定してゆく。ドラム、ベース、ピアノ
そして最後にリードギター。
 Aメロの部分は12小節が1ブロックでリードギターがテーマを弾く。フレーズ自体は
簡単なのだがニュアンスが難しい。村松は何度もダメ出しをされる。
 Bメロは4度上に転調してボーカルが主役になり7小節で完結する。
 それぞれが自分のパートをこなせるようになったところで、続けて何回か演奏する。
 ウォーキングテンポでラテンミュージックの香りが濃厚な、なんともファニーな曲だっ
た。
「で、ここからがギターのアドリブソロになるんだけど」
「ちょっと待って」
 村松はあわてる。
「アドリブって言われてもすぐにはできないよ。僕がすぐ弾けるのは、ブルースコードで
オーバードライブがかかっていて・・・」
「そうだよなぁ」
 山下もその辺は心得ていたようだ。
「じゃあ、ちょっと考えてみるわ。それまで休憩」