Chapter three : fourteenth episode



 10月に入ってすぐ村松と鰐川は連れ立って九段にある科学技術館に向かった。
 武道館の横を通り過ぎながら村松は鰐川に言う。
「ここで中学のときにビートルズを見たんだっけ」
「へ〜、チケット当たったんだ」
「で、高校のときはマジカル・ミステリー・ツアーを見たんだ」
「いいなぁ」
「で、イエロー・サブマリンも見たなぁ」
「もういいよ」
 話してるうちに科学技術館についた。
「おっ、やってる、やってる」
「さ、入ろう」
 今日は楽器フェアの初日だ。
 ミュージシャンなら楽器店に顔を出すのは日常のことだが、楽器フェアとなると話は違
う。なにしろ普段あまりお目にかかれない楽器やまだ店に出ていない新製品を試すことが
できるのだから。
 場内に入ると村松の目つきが変わってきた。
 そのうえ何かぶつぶつとつぶやいている。
「干し芋マシン、干し芋マシン・・・」
 鰐川はそれに気付かず村松に話しかける。
「バンドやってるんだったら、ギターだけじゃなく自分用のアンプも欲しいよねぇ」
 鰐川の声が耳に入らないのか、村松はまだぶつぶつとつぶやいてる。
「干し芋、干し芋・・・」
「あれぇ?ぜんぜん人の話、聞いてないじゃん。干し芋、干し芋って」
「あ、そうか。このあいだ言ってた干し芋マシンのことね」
「あれって調べたんだけど、一般ではフェイザーとかフェイズシフターっていわれてて、
今度の楽器フェアにも出品されるかもしれないって」
 村松はがぜん鰐川の方に向き直る。
「それ、ほんと?どこのメーカー?どこの!」
「まあ、落ち着きなってばぁ」
 場内は楽器ごとに別れているわけではなく、メーカーや輸入商社ごとのブースだからお
目当ての製品を見つけるためにはすべてのブースの細かいところまで眼を配らないといけ
ない。これはなかなか疲れる。
「もうそろそろ、どこかで休まない?」
 鰐川が疲れ果てて言うと
「まだダメ。あとすこし見るの」
 村松はとりつくしまもない。
 やがて、とある小さなメーカーのブース前にきた。
 シンエイという名のメーカーだ。
 そこではメーカーの人間がギターに何かを繋いでデモンストレーションをしている。
 人だかりはまったくできていない。
「この音だよ、この音。干し芋マシンだ」
 やっと見つけた干し芋マシンの再現に村松は興奮気味だ。おもわずメーカーの人に声を
かける。
「いま出てる、その音」
「あー、これは当社が開発しました新製品レスリートーンと言いまして、トレモロ・ビブ
ラート・レスリーの3種類の変調が使えるギター用エフェクターです」
 メーカーの人間はやっと注目されたのが嬉しいのかにこにこしながら応える。
「そのレスリーっていうのは?」
 村松が聞く。
「ハモンド社のレズリースピカーをシミュレートしたんですが、まだまだ本物には及びま
せん。ですが一般的なフェイズシフターとしては優秀な音だと思っています」
・・・フェイズシフターだってよ、やっぱり・・・
「ちょっと試奏させてもらえませんか」
「どうぞ、どうぞ。存分に」
 村松はさっそくギターを借りて弾いてみる。
 トレモロはフェンダーのアンプについているものよりノイズが少なくいいかんじだ。ビ
ブラートは今までに聞いた事のない音だが、使い用によっては面白そうだ。そして期待の
レスリー
「これだよ、これ。探してたんだこの音。まさに干し芋」
 メーカーの人間は首をかしげる。
「えっ、干し芋?なんですか、それ」
「あっ、いや、こっちのことで・・・」
「気に入りました。これください」
 村松は財布を取りだしながら言う。ちょっと気が早い。
「あの、お客さま。ここは楽器フェアですので、小売りはできないんですね。今月中ごろ
には楽器店に出荷できると思いますので、そちらでお買い上げください」