Chapter three : twelfth episode



 コーラス隊が練習のため福生に数回通ったところで、新宿ラ・セーヌ当日になった。
 演奏曲目は「デヴィル・メイ・ケア」「アップ・オン・ザ・ルー フ」「港の灯り」「夏の
終わりに」「想い」の5曲。
 ラ・セーヌは新宿歌舞伎町のど真ん中にあったため、夕方以降はそのエリアに車が乗り
入れできずギターアンプの搬入に手間取る。
「え〜!ここに車とめて、ここから店までアンプ運ぶの〜?」
「しかたないでしょ、車は進入禁止なんだから」
 村松が驚いて聞くと、長門が「駄々をこねるなよな」というかんじで応える。
「まずギター類だけ運んで、そのあと交代でアンプ運びます。わかった?」
 フェンダーのツイン・リバーブは30キロちかくあったから、キャスターのついていな
いアンプを交代とはいえ、数百メートルも運ぶのはかなりの力仕事だ。
「色男、金と力はなかりけり、か」
「誰が色男だ、つーの」
「これって、ライブ終わったあとも、また運ぶんでしょ?あ〜しんど」

 ラ・セーヌは円形のステージだ。長崎のホールとは勝手が違う。
 照明や内装も、まるでキャバレーのようだった。
「ひょお、丸いステージ。ちょっとびっくり」
 と、鰐川。
「廻る。って事はないよな」
 と、村松。
「わからん」
 と、山下。
 戸惑っているメンバーに大貫がはっぱをかける。
「はいはい、あんた達。さっさとセッティングするね」
「おー、ター坊、こわ」
 全員しゃきっとする。

 ラ・セーヌのライブが終わった翌日からメンバー全員での本格的な福生詣でだ。
 初めての(いわゆる)プロミュージシャンとの交流には驚きと戸惑いがあった。
 各自の紹介とあいさつがすんでいよいよ音出しが始まると、全員がぶっとんだ。図太い
音とドライブするリズムが空気を振動させる。うねるビートが陶酔を誘う。宙を舞うペダ
ル・スティールのフレーズはそれこそナイアガラ瀑布の飛沫のようだ。
 演奏力の高いミュージシャンが一斉に音を出すと、音楽はここまで素晴らしくなるのか。
誰もがこころ踊らせた。
・・・くそ、たまんないな・・・
・・・やるっきゃない!・・・
 自分達の演奏力の低さをまざまざと教えられたが、逆にそれをバネにする若さも持って
いた。
 一方村松はペダル・スティールの駒沢の会話にめんくらう。
「銀次、そこの4小節目は2度マイナーじゃないの?」
「で、9小節目が6度メジャーでいい?」
 駒沢はコードネームを使わない。曲のキーのスケールナンバーをコードネーム代わりに
している。村松には初めてのことでチンプンカンプンだ。
・・・あのやり方だと転調したときに困るんじゃないかな・・・
 山下の独り言を耳にした村松はさらに混乱する。
 鰐川はベースの藤本に注目していた。
・・・このビート、このノリは何でだ・・・
・・・たいして難しい事をやってるわけでもなさそうなのに・・・
 このノリの問題は鰐川を後々まで悩ませ続けた。
 野口はユカリの体格に驚愕した。身長自体は野口の方がでかいのだが、驚いたのはユカ
リの腕の太さだった。
 30年後野口は当時のことを振り返って、こう語っている。
「当時、練習するドラムスティックって、鉄かアルミだったの。それをユカリ(上原裕)
がさ、自由自在に振りまわしてるのを見て、びっくりしたもんね。ユカリが、こんなポパ
イみたいな腕しててさ」
 そしていよいよ複雑なコーラスワークの練習に経て、CITY-Last time aroundに向けて
のリハは佳境に入ってゆく。