Chapter three : eleventh episode



 東京に戻るとすぐに山下と長門は福生に住む大瀧詠一の家に向かった。残暑のきびしい
8月末のことである。
「ひぇ〜、それにしても暑いなぁ」
 横田基地のそばのバス停で降りた長門は汗を拭きながらぐちる。
「立川で青梅線に乗り換えて、福生で降りてからバスに乗って・・・けっこう遠いな」
「乗り換えの接続がタイミング悪かったから、新宿からだと2時間近くかかった計算にな
るな」
 と、山下が歩きながらこたえる。
「これがアメリカンハウスかぁ。初めて見た」
「同じような家ばかりで迷いやすいけど、家ごとに大きく番号が書いてあるから、意外と
そうでもないのかな」
「え〜とこの家の番号だと、もうそろそろじゃないかな」
 長門がそう言ったとたん
「あっ、あった。あの家だ」
 山下が見つけた。

「で、どうだったの?」
 コーヒーをドリップしながら大貫が聞く。
「うん、いろいろ話したけど・・・9月にやるはっぴいえんどの解散ライブに出ることに
したよ」
「えっ、バンドで?」
 野口が聞いた。
「いや、そうじゃなくて。なんていうかな」
「つまり、はっぴいえんどの演奏の前に解散後のメンバーそれぞれのプロジェクトを披露
することになってて・・・で、大瀧さんはココナツ・バンクというバンドをプロデュース
するんだけど、そのバンドのコーラスを手伝って欲しいって」
「ふ〜ん。じゃあ、クマとター坊と村松君とワニの4人ってえこと?」
 と、野口。
「いや、それも違うんだよね」
「え〜とね、コーラスは僕とター坊と村松君と、それから小宮君の4人でやるの。で、ワ
ニと野口はパーカッション担当」
「あぁそうか。要するに僕らはまだはっぴいえんどのコンサートに一緒に出られるほどに
は実力を認められてないけど、コーラスだけは面白そうだから使ってみようと。そういう
事か」
 村松がまとめる。
「まあ、そういう事だ」
「という事は福生にリハに行くわけだね?」
 これは鰐川。
「9月に入ったらすぐに行くことになると思う。でも最初のうちはコーラス隊だけでいい
んじゃないかな。曲もまだそんなに固まってないみたいだし」
 どうやら音を出しながら曲の構成をまとめつつ、同時にそれを山下が横で聞きながらコ
ーラスのアイデアを考えて、すぐコーラスを試してみる。そういう流れを1曲ごとにやる
ようだ。それらがある程度決まったらパーカッション部隊を呼んで、全員で仕上げのリハ
にとりかかる。
「まあ曲が形になってきたら、オープンなりカセットなりに録音できればいいんだけど、
どうしようもなかったらNさんのカセット借りてくって事にするかな」
 この時代、携帯式の録音機材に関してはとんでもなく不便な時代で、録音できるカセッ
トウォークマンはまだずっと後のことだし、まともな物としてはオープンリールのプロ用
のデンスケとかナグラとか、それぐらいだったと思う。あとは安物のカセットテレコぐら
いしかバッテリーで動くものはなかった。
「福生かぁ。・・・ねえ、アメリカンハウスってどんなとこ?」
 何を血迷ったのか、大貫がとつぜん乙女ちっくなことを聞いてくる。
「白っぽい同じような形の平屋がずーっと続いていて、ちょっと日本じゃないみたいだっ
たな」
「へぇ、いいなぁ〜。あたし、そこに住みたい・・・」
 またも大貫のどこでも住みたい病。
 気にせず山下は続ける。
「で、じつははっぴいえんどの解散コンサートの前に僕らのライブがひとつあるんだ」
「えっ!いつ?」
「どこ?」
「9月の10日。新宿のラ・セーヌっていうお店」
「うわ!けっこうすぐじゃん」