Chapter three : tenth episode



 コンサートの幕は「夏の終りに」で開いた。
 ほんとうに初めてのライブ。緊張しないわけがない。
 その緊張はテンポに出た。山下のカウントが異常にはやい。
 しかし、曲が始まると思わぬことに堂々とした演奏ぶり。コーラスにも目立ったミスは
ない。
 曲が終わると大貫が話し出す。
「こんにちわシュガー・ベイブです。最後まで楽しんでいってください」
 大貫のMCは素朴だ。そしてとてもゆっくりと話す。
 そのMCのあいだ中チューニングの音がうるさい。
 ふたりのギタリストとひとりのベーシストがずーっとチューニングしている。練習のと
きと何も変わらない。
「では2曲目聞いてください。オリジナルで時の始まり」
 コンサートは順調に進行していった。
 5曲目の「風の吹く日」が終わったところで、突然大貫が予定にないことを話し始めた。
「次の曲で最後になってしまいましたが、せっかくですので長崎は初めてのメンバーのみ
んなに何か長崎の印象をひとりずつ言ってもらいたいと思います」
 会場から拍手がおこる。
「それじゃあ、ベースの鰐川くんいかがでしたか」
 鰐川がこたえる。
「えーとね、アイビー族が多いですね。ぼくらみんなこんなのばっかでしょ。こんなチリ
チリのとか。だからアイビーがいっぱい多くて驚きましたよ」
 パチ、パチ、パチ。
「終わり?・・じゃあ次はドラムの野口くん」
「長崎は・・今日も雨だった・・」
 ワ〜ハハハ。
「野口くんっていう人はいつもああなんで・・じゃあ次は村松くん、ギターの」
「僕はですねえ、中華料理の美味しい店に行きまして、そこで人生における重大な経験を
いたしまして・・まあ非常によい長崎の想い出になって・・」
 そこへ野口が口を挟む。
「どうしてかといいますと、天々夕というお店にみんなでいったんですね食事をしに。そ
したらそこのおばさんがですね、あんた男なの女なの、ということで大事な局部をですね
2回も握られまして・・・それからですね『おばさん、もう触らないでよ』が彼の一言で
した」
 ギャア〜ハッハッハ!
「え〜と、あれはあまりにも可哀想だからわたしは言うまいと思ってたんですけど、野口
くん言ってしまって。ごめんなさいね、村松くん。・・それじゃあ山下くん、何か言って
ください」
「長崎つうところは、せからしかところですね」
 ザワザワザワ。
「そうですか。・・・」
「というかんじで、いよいよ最後の曲ですけど」
「君は?」
 と山下が大貫に言う。
「えっ?わたしの?・・・」
「わたしは・・・わたしは・・・かっこいい男の子がいっぱいいたなっていうか・・・い
や、別に、いやいいところです長崎は、非常に。それだけです」
 思ってもいなかったタイミングで自分に振られた大貫はしどろもどろになって、めちゃ
くちゃな事を言う。
「え〜とそれじゃあ最後の曲にいきたいと思いますので。え〜と、ノリましたら皆さん手
拍子でもなんでもなさってください、一緒に。・・・と、小宮くんの作りました港のあか
り、をお送りして最後にしたいと思います」
 大貫のMCは、このコンサートを最後にして(最初でもあるが)シュガー・ベイブのス
テージで行われることはなかった。