Chapter three : eighth episode



「どりゃあああああ!!」
 20時間ちかくも列車に閉じ込められていた野口は、長崎駅の改札を飛び出すと同時に
雄叫びをあげた。
「うひゃあ、なんじゃこりゃ、あぢい」
 と、鰐川。
「ぎゃ!脳天が焼ける。髪の毛が焦げる」
 村松は暑いのが大の苦手。初めて九州の地を踏んだ3人に真夏の長崎の日射しは強烈す
ぎた。
「いよ、おつかれさん」
 長門と山下が迎えに来ていた。
「あれ?ター坊どこ?」
「集合場所の喫茶店にいるよ。全員だと車に乗りきれないから。とりあえずそこに移動しよう。メシもそこで」
「オッケー」
 で、着いたところがMOGという喫茶店。どうやら長門たち長崎一派が溜まり場にして
いる店のようだ。
 ドアを開けると奥の方の席で大貫が手を振っている。
「おつかれ〜。みんなこっちこっち」
「ねえねえ、いつも東京で集まってるメンバーが離ればなれに移動してこうやって地方で
合流するのって、なんかドキドキするわね」
「そうだけどさ。でもター坊、ほんとは一人で待っててさびしかったんじゃないの?」
 大貫の言葉に野口がまぜっかえす。
「そんなことないわよ。わたしはこうやって長崎の皆さんと楽しくお話をしていたの」
 とつぜん村松が声をあげる。
「あれ、土井ちゃん」
 ディスクチャートで何度か顔を合わせていた土井が大貫の斜め前にいた。
「村松君、おひさしぶり。村松君は僕の家に泊まることになってるから、よろしくね」
「あ、そうなんだ。こちらこそよろしくお願いします」
 村松はそう言ってぺこりと頭を下げた。
「まぁ、とにかくみんな席に座ってくれる?」
 長門がマネージャーらしくその場をしきる。
「これからの段取りを説明します。まずここでひと休みしたらそれぞれの宿泊先の家に荷
物を置きにいきます。相手の家の方に失礼のないようにね。で、夕方の、そう5時にしよ
うかな、ここMOGに戻って来てください。それから長崎を案内がてら夕飯を食います。
ここまでは分かった〜?」
「は〜い」
「で、それから各自宿泊先に戻って、明日はここに11時に集合すること。ここからリハ
ーサル場所に移動します」
「オッケー」
「ちなみにリハーサル場所は長崎大学の体育館です。ではメシの注文してくださ〜い」
「わたしドライカレーにアイスコーヒー」「ピラフにコーラ」「僕はオムライスとアイス
ティー」「ハンバーグ!」・・・・・。
 欠食児童たちの戦場だった。

   食事のあとしばらく語り合ってからメンバーは各自の宿泊先へ向かう。
 山下は長門の家に。大貫は長門の知人の女性の家に。村松は土井の家に。鰐川はのちに
シュガー・ベイブでパーカッションを叩くことになるシンペイの家に。野口はかつての長
門のバンド仲間の家に。
 翌朝MOGに集合したメンバーはさっそく長崎大学に向かう。
 体育館に到着すると、すでに別のバンドがリハーサルをしていた。
「今やってるの、ジェフ・ベックの曲じゃない?」
 村松が鰐川に耳打ちする。
「そう。スパニッシュ・ブーツ。あの曲えらい難しくてうまく弾けないんだよね」
 早弾きを誇る鰐川でさえ難しいと言う。
「なんか、かなわんねえ」
 長門がそばにきて言った。
「このバンドのあとうちらのリハだから、準備しといてね」
 バンド結成以来N宅以外で音を出すのは初めてだから、ふたりはちょっと緊張する。
「なにそんなにびびってんの。今日はリハなんだから軽くいこうよ」
 長門に慰められた。