第二章:第二十四話



「でもさぁ、新しいバンドでベースを弾くのはいいとして、Nさんのベース借りっぱなし
ってのはマズイよねぇ」
 大貫との初ミーティングが間近にせまる2月末、久しぶりに集合したサーフィン・ラビ
ット・スタジオで鰐川がきりだした。
「いくら何でも、って感じだな」
 と山下が同意する。
「・・・」
「そういや、僕も今のギターじゃしんどいかなぁ」
 村松も楽器の心配をはじめる。
「あのね村松君、言っとくけど、今度のバンドはファズやディストーションは禁止だから
ね」
「ゲッ!やっぱり?そうだろうとは思ってたけど」
 山下の忠告に村松はショックを隠せない。
 ブリティッシュ・ブルース・ロックを聴いてきた村松のギターには、ファズやナチュラ
ルのディストーションが必要不可欠なのだ。それを山下は禁止だと言う。
 確かにN宅に来るようになってから知り得た音楽においては、ギターのディストーショ
ンサウンドなどほとんど聞くことがなかった。そして山下がやろうとしている音楽にもデ
ィストーションサウンドが必要ないだろうことは、容易に想像できた。
「だったらシングルコイルでしょ。やっぱりフェンダーがいいんじゃないの?」
 ギターヲタクの鰐川がアドバイスをくれる。
「やっぱそうなる。国産じゃだめだよなぁ・・・でも、値段がさぁ・・・」
 村松はため息をつく。
 この当時国産のエレキギター状況はフェンダーやギブソンなどのコピーモデルが出回り
始めた頃だ。それまでの国産オリジナルモデルに比べると値段は倍ぐらいに上がっていた
が、それでもまだ品質的に海外製品と太刀打ちできるところまではいっていなかった。そ
してギブソンより多少安めのフェンダーでさえ、市場価格は20万円を超えていた。
「中古なんてたまにしか店頭にでないし、どうしようかなぁ」
「知り合いにあたるっていうのもあるんじゃない」
 山下が助け舟をだす。
「そんな知り合いいるの?」
「まぁいなくはないわな」
「じゃあ、そっちの方は頼むわ。僕は僕で探してみるから。ところでクマはどうするの?」
 この頃から山下はみんなに「クマ」と呼ばれるようになった。歩く姿が北海道土産のシ
ャケを背負った木彫りの熊に似ているからだという。
「僕はさぁ、ソロとるわけじゃないからそんなに高級なギターじゃなくてもいいんだ」
 これは山下の強がり。バッキングに徹するギターほど高い品質を要求されるのは山下も
承知の上の発言だ。
「で、ワニはどうすんの?」
「バイトで貯めた金が多少あるから、それで買えるくらいのベースを探してみようかな」
「何かアテはあるの?」
「いや、まだ全然」
「ところで、楽器の心配はそれくらいにしてさ、ドラムの件なんだけど」
 山下が話を変える。
「そうだよ。ドラムがいないバンドなんて」
 と、村松。
「そこでだ。オーディションをやろうと思うんだよ」
「どこで?」
 と、鰐川。
「ここで。NさんにはOKとってあるから」
「で、どうすんの?楽器屋とか雑誌にメンバー募集って出すの?」
「それだと話が大きくなりすぎて面倒くさくなるから、知り合いとかに振る程度でいいと
思う」
「わかった。とりあえずそれでいってみようか」

 そして春の香りがする3月半ば。
「もしもし大貫です。いま成増の駅についたんですけど」
「じゃあ、改札を出て北口の階段を降りたところで待ってて。迎えに行くから」
 山下と村松が車で駅まで迎えに出た。
 スカイラインに乗った大貫はN宅についた途端
「わぁ〜!Nさんちってこんなに広いんだ」
「そう。でもNさんちじゃなくて、サーフィン・ラビット・スタジオって呼んで」
「はい」
 素直に返事をした大貫だが、心の中では「どうでもいいじゃん、そんなの。Nさんちは
Nさんちなんだから」と、思っていた。