第二章:第二十二話



「で、Nさん、今年はどうするの?」
 1時間ほど馬鹿っ話に興じたあと、それぞれが勝手に話し込みはじめると、山下がNに聞いた。
「4月から新宿の文化服装学院に行こうと思ってるんだ」
「そこで服のデザインでもやるの?」
「いや。デザインの方じゃなくて、パターンナーかグレーダーの勉強するつもり」
 そこに村松が割り込んできた。
「何、それ。面白そう」
 村松はカタカナ職業に弱いのか。
 Nが説明をする。
 パターンナーというのは、デザインが決まったあと、1枚の生地からできるだけ効率良くカッティン
グの配列を決める仕事だ。注文服では多少の無駄が出てもたいした事ではないが、既製服の場
合1着あたりではちょっとの無駄でも何万着にもなると結構な損失になる。一方グレーダーというの
は、一つのデザインからサイズの違う型紙を起こすとき、正比例的に寸法を変えると具合が悪くな
る。そこでデザイン、素材、ターゲット年齢などから、微妙に各部の寸法を調整する仕事だ。
「どちらも既製服の生産行程では重要なポイントなんだけど、日本ではまだそのあたりの重要性が
認知されてなくてさ」
「ふ〜ん」
「だから、僕にとっては狙い目なんだよ」
「そうかぁ、いろいろ考えてるんだねぇ」
 と、感心している村松。
 山下は自分から問いかけたにもかかわらず、関心がないかのように無言だ。
「そろそろ雑煮でも食べない?」
 武川が声をかけてきた。
「賛成に1票。おれモチふたつ」
 すかさずNがこたえる。
「モチの数はまだいいから。じゃあ雑煮作るね」

「いっただきま〜す」
「フ〜フ〜、ズズ〜。う〜ん、鶏の出汁とごぼうの香りがたまらん」
「ひゃあ、うんまい。ハフ、里芋とほとほ」
「おモヒも、香ばひくて、とほとほでほいひい〜」
「ハフ、ふつう雑煮の出汁ってもっとにごってない?ハフ、なんでこんなにハフ、透きほうってふん
だ?」
「それはモチを焼いてから、別の小鍋に出汁を張ってモチだけ軽く10秒くらい煮るんだよ。で、そ
のモチを碗によそって大鍋の汁と具を盛るんだな」
 と、武川が講釈を述べる。
「あぁ、ほんなに手間のかかふ事してふんだ。道理でふんまいわへだ。ハフ」
「おモヒ、おはわり」
 雑煮をたらふく食べて腹がいっぱいになると眠くなる。
「俺ちょっと寝るわ」
 Nはそう言いながらとなりの15畳の部屋に布団を敷いて眠ってしまった。
 鰐川もバイトの疲れが出たのか便乗して座を離れる。
 武川はキッチンの後片付けが終わると
「今日はこいつと一緒だから帰るわ。」
 と言って、彼女とふたりで帰り支度をはじめた。
「あっ、ちょっと待って」
 金子があわてて言う。
「僕もゼミの課題の提出があるから、このへんでドロンします。駅まで暗くて寒くてひとりだと心細い
もんだから、武川さんたちと一緒に出ます」
「気をつけてな」
「そんじゃあ」
 キッチンには山下と村松が残った。
「ふぁ〜、僕もそろそろ寝ようかな」
 と、あくびが出はじめた村松。
「あっ、ちょっと、村松君、いいかな」
「ふぇっ?な〜にかな?」
「話があるんだけど」
 ふたりだけになるタイミングを計っていたかのように、山下はきり出した。