第二章:第二十話



 大貫は戸惑っていた。
 山下に大事な話があるからと呼び出され、そして喫茶店で会ってオーダーもまだしないうちに
「バンドに参加して欲しい」と、唐突に懇願された。
 大貫にはまだ以前のフォークグループの時のわだかまりが残っていて、グループを組んで音楽
活動をすることにためらいがある。
 その一方、今の状況で深夜にデモテープを作っていても、いざ出来上がった後の展開にいまひ
とつ不安があることも確かだ。
 さらに、今後一人だけで音楽活動を続けていく自信もなかった。どうしても一緒に活動するミュー
ジシャンが必要になる。
 そういう意味では山下の提案に心が動かされそうになる。
 大貫が考え込んで沈黙していると、山下が追い打ちをかけるように続ける。
「だから、こんどのバンドにはぜひ君の歌と曲が必要なんだ」
 大貫は新鮮な驚きをおぼえた。
・・・いままで音楽をやってる人で、こんなに積極的な人いなかった・・・
「急にそんな話をされても・・・」
「じゃあ、一晩待つから。明日連絡ください」
「一晩だなんて・・・」
・・・ほんとに強引なんだから・・・
・・・それに、もう私が参加するの決めてるみたいな口ぶり・・・
・・・それもありかな・・・

 翌日の深夜。
 山下は、昼過ぎに待っていた大貫からの電話で「参加を了承する」旨を聞かされた時のことを思
い出していた。
「大貫さん、意外とすんなりOKしてくれたな」
「キーボード担当の件も了承してくれたし」
「俺の曲と、彼女の曲で・・・面白いバンドになりそうだ」
「あとは鰐川と村松君だな」
「鰐川の方が指が早く動くけんだけど・・・今ひとつフレーズが面白くないんだよなぁ」
「やっぱり鰐川がベースだな」
 そしてその週のうちに電話で話をすると、ベースに転向するのは渋ったものの、結局は簡単に説
得されてしまった。鰐川はやはりバンドをやりたかったのだ。
「残るは村松君ひとり。どうやって落とすかな」
「まぁ、正月のあいだにゆっくり作戦を練ろう」
 こうして一人を除き、各自新しいバンドへの期待と不安をかかえながら、1972年の年の瀬は更け
てゆき、新しい年を迎えようとしていた。

 そのころ村松は、クリームやジェフ・ベック・グループのアルバムを前に嘆いていた。
「最近こういうの聞いてもあんまり面白く感じないなぁ」
 そしてNさんから借りてきたフィフス・アヴェニュー・バンドを手に取り
「こっちの方がカッコよく聞こえちゃうんだよな」
「はまっちまったかな」
 などと思っている。
「それにしてもこのコードはどうにかなんないもんかな」
「ドミナント7のはずなんだけど、普通に7th弾いてもあわないし、サス4のようでもあるけどサス4弾
いてもはまんないし」
「それにこっちのコードはメジャー7の音と9度の音が両方鳴ってるじゃん。これなんていうコード
よ」
 ブリティッシュブルースに傾倒していた村松は、とっちらかったまま正月を迎えようとしたいた。

 一方ここは高円寺にあるロック喫茶「ムーヴィン」。
 カウンターの片隅で男が二人、静かに酒を飲んでいる。
 伊藤銀次とペダルスティールギターのコマコこと駒沢裕城だ。
「なぁ、いまかかってるこのビーチ・ボーイズのレコード、随分下手くそじゃないか?」
 と、銀次が語りかける。
「それに音もひどいし・・・。ライブの海賊盤じゃないの」
 と、コマコが応じる。
「海賊盤かぁ・・・」
 プレーバック中のアルバムジャケットを置いてあるコーナーに目を向けたコマコが驚きの声を上
げた。
「あれ、違う」
 あわててジャケットを手に取りながら
「日本のアマチュアバンドだ」
「なんていうバンド?」
「バンド名は書いてない。タイトルはアド・サム・ミュージック・トゥ・ユァ・デイ」