第二章:第十六話



「どうも、山下です」
「あっ、長門です。よろしく」
 長門が席につくと山下はおずおずときりだした。
「あの、僕たちバンドでこんな自主製作レコード作ったんですけど」
「ちょっと待って。土井ちゃん」
 長門は話をさえぎってカウンターにいる土井を呼んだ。
「もうすぐ小宮が来るからお店とレコードのセットよろしくね」
「オッケー。任せときって」
「これでゆっくり話ができる。それで?」
 それから山下は話し始めた。
 自主製作盤のことから切り出そうと思っていたのだが、いざ話しだすと話題は、自分の音楽の好
み・・好きなアーティスト、作曲家、プロデューサー、レーベル・・から、音楽に対する考え方、はた
またアメリカにおけるレコード製作のシステムと日本のそれとの違い、ミュージックビジネス全般、な
どなど次から次へと尽きることがなかった。
 一方長門はとても聞き上手で、山下の攻撃的な話し方とは対照的におだやかな調子で相手の
話を聞き出している。
 長門は小宮と二人でこの店をまかされてから、それまでのロック喫茶のメジャーでハードな路線
を捨てて、自分たちの好きな日本ではサブカルチャー的ともいえるソフトなアメリカンロックをディス
クチャートのメインにしようと奮闘している真っ最中だった。
 そんな長門は山下の話に衝撃を受けた。
・・・自分たちの音楽のセンスとまったく一緒じゃないか・・・
・・・こんな連中が日本にいるんだ・・・
 それからは長門も山下に共感するような感じでポツリポツリと自分たちの事を話し始めた。大学
を中退して土方をしていた事、夏に故郷の長崎ではっぴいえんどを招いて主催したイベント、音
楽事務所に入るつもりで再上京したけどやめて今の店をやるようになった事、などなど。
 話は延々と数時間にもおよんだ。
 やがて疲れながらも上気した顔の山下が会話を結ぶ。
「いやぁ、今日はとっても充実しました。ありがとう」
「で、これ上げますから良かったら聞いてください」
 初めはレコードを店に置いてもらうつもりで来たのだが、話のあまりの盛り上がりに気分が良くな
ってレコードをプレゼントすることに決めたのだ。
「そう、悪いね。ありがとう」
「まぁ、後で聞くのもなんだから早速かけてみようかな。よかったら山下君ももう少しいれば?」
「じゃあ、そうさせてもらおうかな」
「土井ちゃん、これかけて」
「はいよ」
 レコードから曲が流れてくると長門はまたしても衝撃を受ける。
・・・このヴォーカルはなんだ。スゴイ・・・
・・・でも、演奏はたいした事ないか・・・
 そう。山下のヴォーカルはたしかにすごかった。日本人離れしている。当時の日本でこういうヴォ
ーカルスタイルができる人間はおそらく皆無だったはずだ。
 長門は心に決めた。
「ところで山下君、夜は何してるの?」
「別になにも。ヒマしてます」
「そう。実はさ、この店、閉店後に真夜中セッションしてるんだよね。オーナーの好意で」
「毎日じゃないんだけど」
「よかったら山下君たちも参加しないか」
 山下は内心大喜びしながらも、あまり乗り気じゃなさそうな顔で返事をする。
「えっ、まあいいですけど」
「じゃあセッションの予定が決まったら連絡するよ」
「あっ、でもその前でもちょくちょく顔だしてよ」
「はい、そうします」
・・・やったぁー!・・・
 山下は新しいミュージシャンとの出合いに期待で心が弾んだ。