第二章:第十五話



 JR四谷駅からほど近い所にその店はあった。
 雑居ビルの1階に真新しい看板がある。
 11月にしてはやけに寒い日だったが、店内は暖房が効きすぎて暑いくらいだ。オープンして間
もないせいか客は一人。 奥まったところにある大型のスピーカーから、フィフス・アヴェニュー・バ
ンドのナイス・フォークスが流れている。
 若いスタッフがつぶやいた。
「やばいなぁ、また今日も一人かよ客・・・」

 寒風にえりをすぼめながら早足で歩いてきた山下はドアの前で歩をとめた。
「ここかぁ、ディスクチャートって」
「ほんとに評判通りの店だいいんだけど」
 きのうの電話での会話を思い起こしながら、山下はドアを開けた。

「もしもし、武川だけど」
「知ってる?四谷に新しいロック喫茶ができたんだけどさ」
「ディスクチャートっていう店なんだけどね」
「学校でさけっこう評判になっててさ、で、行ってみたのよ」
「そしたらえらく選曲のセンスが良くって」
「じゃなくって、オハイオ・ノックスとかラヴィン・スプーンフルとかばんばんかかってんの」
「あーゆー店だったら、うちらのレコードとも噛み合うんじゃないかと思ったわけ」
「でもそん時レコード持ってなくてさ、しかもしばらく講習がたて込んでて行けそうもないんだ」
「だから、山下、代わりにちょっとあたりつけてみない?」
「そう、場所は四谷の駅から・・・・」

「いらっしゃい。ご注文は?」
「あっ、ホット」
 電話での会話を思い出してぼーっとしていたので、あわててオーダーした。
 あらためて店内を見渡す。
・・・内装は落ち着けていいかんじだ・・・
・・・入ったとたんフィフス・アヴェニュー・バンドがかかってるとはね・・・
・・・これは評判通りかもしれないなぁ・・・
「お待たせしました」
 コーヒーをテーブルに置いた店員はさらに続ける。
「あの、何かリクエストありますか」
「ほら、うちの店空いてるからリクエストすぐにかかりますよ」
・・・ずいぶんと人懐っこいボーイだな・・・
「じゃあ、ヤング・ブラッズある?」
「えーと、タイトル忘れたけど1枚だけあります。ほんとは全部揃えたいんだけど、オープンしたてだ
からまだレパートリーが少なくて」
「ヤング・ブラッズだったらなんでもいいよ」
「じゃ、さっそく。あっ、僕、土井っていいます。よろしく」
「おれ、山下」
・・・ふ〜ん、ヤング・ブラッズもあるのかぁ。・・・
・・・ちょっと人懐っこ過ぎるけど、悪くはないか・・・
・・・よし、明日レコード持って、もう一度来よう・・・

 翌日の夕方、山下は再びディスクチャートのドアを開けた。
「あっ、山下くん、いらっしゃい。連日のご来店ありがとうございま?す」
「照れるからさ、そんな大きな声で言うのやめてよ」
「はい。注文はコーヒーでいいですか?」
「うん。ところで土井くんって、ここのチーフ?」
「いえ、チーフはあそこのブースでお皿回してる人で、長門っていいますけど」
「ちょっと紹介してもらえるかな」
「いいですよ」
 と言って、土井はチーフの長門を呼びにいった。