鰐川のソロが終わり、村松の番になって3回り目のあたま、村松のソロも佳境に入るところだっ た。 ・・・あっ、しまった・・・ 村松はあせる。Aのペンタトニックスケールでアドリブを弾いていて、1弦の10フレットをチョーキ ングするはずだったのだ。 ・・・うゎ!2弦だ。間に合わない!・・・ 指の勢いを抑えることができず、2弦の10フレットをそのままチョーキングしてしまう。 ・・・やばい、ミストーン・・・ ・・・あれ、でも気持いい響きだ・・・ 村松は1度をチョーキングして2度にするという、新しい技をおぼえた。 レベルが1上がった。 ジリジリ。ジリジリ。ジリジリ。 「うわ!」 寝汗にまみれたベッドの上で村松はとび起きた。 「夢かぁ。この前の学園祭の」 「それにしても、1度をチョーキングして2度にするのがあんなに気持いい響きだなんて思ってもい なかったなぁ」 先日の学園祭でのライブを思いだしながら、仕事へ出かける準備をする。 「そういえば今週はみんな、自主製作盤もってロック喫茶まわりか。大変そうだ」 学園祭の翌日、自主製作盤100枚のプレスがあがったと東芝レコードから連絡があった。さっそ く山下とNが引き取りに行く。 LPレコード用段ボール箱2つに梱包された自主製作盤はずしりと重かった。 N宅に戻ってからみんなが注視するなか、山下は片方の段ボール箱を開封する。 「うわぁー、すげー」 「やったー」 6枚ほど取り出してみんなに配る。 みんな食い入るように手のなかのジャケットを見つめる。 表ジャケットは金子の線画のイラストが見事に描かれている。 裏ジャケットの右下には通し番号用の「 /100」という空白がある。あとで手書きで通し番号を 記入する。 「ね、早く聞いてみようよ」 鰐川は興奮していて自分でレコードをかけるという事を思いつかない。 「おっ、そうだな」 そのひと言が合図になって、山下はジャケットからレコード盤を抜き出し、プレーヤーにのせる。 レコード盤が回りだす。 針を落とす。 「ウェンディ」のイントロが流れはじめた。 「・・・!・・・!」 声にならない歓声が沸きおこる。 今でこそ誰でも手軽にCDを作ることができるが、この当時にレコードを自分達の手で作る事が どれほど大変だったことか。いや、大変というより誰もそんな事に手を出そうとしなかった。考えられ なかったのだ。それだけにメンバーの喜びようは天にも昇る。 そして、憑かれたようにアルバム1枚を聞き終わった。 「よし、乾杯だ!」 Nがさけぶ。 「よっしゃー」 武川が冷蔵庫からサントリーのテーブルワインを2本取り出す。 「カンパ〜イ!」 「おめでとう!」 「うりゃ、にゃ、めろ、りゃりゅ、うに?!」 言葉にならないやつがいる。 みんなの顔が喜びにあふれている。 自主製作盤「アド・サム・ミュージック・トゥ・ユァ・デイ」が世に出た。 |