第二章:第十三話



 その頃村松はちょっとした事に悩んでいた。
・・・でもなぁ、どうしようかなぁ・・・
・・・あいつらはいいよなぁ・・・
「ねぇ、気がついてる?」
 他人の感情を読むのに聡い鰐川が話しかけてきた。
「え?何を」
「さっきから数えてるんだけどさ、もう64回もため息ついてる」
「うそ?」
 すかさず鰐川が言う。
「うそ」
 こころの中を見すかされたような気がして、村松はあせった。
「でもここんとこ、ずっとそうだよ」
「何が」
「ぼーっとしてるか、ため息ついてる。普段だったらさ、リハ終わったあととかギャグのひとつくらい
言うじゃない」
「そうだったっけ」
「どっか身体のぐあい悪い?」
「いいや、どこも」
「じゃあ、なんか悩み事でもあるとか」
「べつになんもないってば」
「ふ〜ん、だったらいいけどさ。ほら、明後日の木曜日、金子君の美大に出るじゃない。このメンバ
ーでライブやるの初めてだし。ちょっと気を揉んじゃったわけよ」
「だいじょうぶ。ちゃんとやるって」
 そうなのだ。明後日は金子の通ってる美術大学の学園祭に、このメンバーになってから初めて
のライブが決定している。
 N宅でかなりの回数練習しているものの、人前で演奏するのは初めてのことだ。多少なりとも不
安がないか、といえば嘘になる。だがそれ以上にメンバーのテンションは上がっている。やる気ま
んまんだった。
 そんな中、村松の様子はやはりおかしい。何が彼をそんなに悩ませているのか。
・・・あいつらは大学行ってたり、予備校行ってたりするもんなぁ・・・
・・・俺だけ勤め人だから・・・

 そして学園祭当日。
「おはよう」「うっす」「やあ」
 みんなが楽器を持ってN宅に集まってきた。
「アンプとドラムは向こうが用意してくれたのを使うことになってるから、ギター類だけ積み込んで、
出発だぁ」
 と、山下が号令をかける。
 それぞれ2台の車に荷物を積んで乗りこんでいるとき、村松がこっそりNを呼び止めた。
「Nさん、ちょっといいかな」
「ん、なに?」
「今日の僕のかっこ、おかしくない?」
「えっ・・・」
 と、しげしげ村松を見る。
 Nは将来アパレル業界に身をおこうと思って勉強しているくらいだったから、ファッションのセンス
はバンド内でピカイチだ。
「いいんじゃない。ベルボトムのジーンズにペイズリーのシャツ。きまってるよ。フラワーしてる」
「そうでしょ、そうでしょ。って、違った。あの・・・洋服のことじゃなくって、髪型のことなんだけど・・・」
「それは・・・いつもと同じだね。ちょっとパーマがかかってて」
「それはそうなんだけど・・・。あの、じつはさ・・・」
 なぜか村松は言いよどむ。
「・・・」
 Nは無言で催促する。
「あ、あのさ、ほかのみんなはちゃんと長髪じゃない」
「でさ、僕だけ普通の髪型で、こういう音楽やってて、おかしくないかな。僕はまだ、勤め人だから
髪の毛伸ばすわけにいかないし・・・」
 村松はおもいきって胸の中の悩みをを打ちあけた。
「あぁ、それで最近なんか様子がおかしかったんだ」
「そんな事でくよくよすることないよ。だいたい髪型で音楽するわけじゃないし。要は今の体制のな
かで自分が出来る事を精いっぱいやればいいんじゃない」
「う・・・、そうかな」
「そうそう。そんな事より早く学園祭に行こうよ。そこでおもいっきり燃えてさ、いいプレイすれば、そ
れが一番だよ」
 村松はちょっとだけ心の中に青空が見えた気がした。