第二章:第九話



 それからしばらくしてレコードをプレスするところが決まった。東芝レコードだ。ジャケットの印刷
やら何やら含めて100枚で13万円ほどだという。
 オープンリールのマスターテープとジャケットの印刷原稿を持って東芝へ向かったNと山下が戻
ってきた。
「とりあえず13万円はうちの親に立て替えてもらうから」
とNが言う。
「で、レコードを手分けして売って返済にあてよう」
「100枚か。1枚1500円で9割がた売れれば、どうにか回収できるな」
「友人、知人に強引に売りつけてもせいぜい30枚。残りをどうしようか」
「う〜ん」
「ロック喫茶とかに置いてもらうっていうのはどうかなぁ」
「けっこういいかもな」
「でも・・・置いてくれるのかなぁ」
「気が弱いねぇ、ワニは」
「で、でさあ、売れても手数料とられないかな」
「それはあるかも知れないな」
「交渉しだいなんじゃないの」
「・・・・・・」
「20パーセントくらいだったら取られてもいいんじゃないか?」
「だったらロック喫茶に置いてもらう分だけ売り値を上げるっていうのは?」
「それだと不公平じゃない?」
「まだ置いてもらえるかどうか分からないのに、そんな先の事いうなよ」
 こういう時Nは強い。
「ようするに、ここでうだうだ悩んでいてもしようがないってこと。可能性はあるんだから、あとはあた
ってくだけろ、さ」
「よっし、わかった」
「オッケー。じゃあレコードが上がってきたらみんなで手分けしてロック喫茶を回ろう」
 かくして若者達の販売作戦は決まった。

 いっぽう村松の成増詣では続いていて、毎週セッションにあけくれる。
「いやあ、今のフレーズすごかったねぇ」
「そう?そんなかなぁ」
 村松がほめると鰐川が謙遜する。
「だって、フィルモアのときのマイク・ブルームフィールドみたいだったじゃない」
「え〜?・・・」
 鰐川は心の中で思う。
 ・・・自分としてはヤードバーズ後期のジミー・ペイジのつもりだったんだけどな・・
 ・・・もしかして村松君てその辺詳しくないのかな・・・
 今の絶妙なフレーズを正しく理解してくれない村松に対して若干の不信感を持ったりもした。
「ところでさ、フリーのセッションもいいけどそろそろ曲を決めてセッションしない?」
 ドラムの椅子でタバコを吸っていた山下が言う。
「そのー、なんだ。歌がないとさ、やっぱり面白くないじゃん」
「それもそうだね」
「じゃあ何の曲にする?」
 Nがベースをおいてレコードラックに向いながら提案する。
「あれなんかどうかな。ラビン・スプーンフルのサマー・イン・ザ・シティ」
「おっ、いいかもね」
 ひとりだけ曲を知らない村松が、ど忘れしたふりで聞いた。
「あれ?どんな曲だったっけ」
「いまレコードかけるから」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・
 レコード盤から針を上げながら村松が言う。
「オッケー。じゃおおまかにコピーするから1時間ほど休憩タイムにしてもらっていい?」