第二章:第七話



 結局夜までNのいれてくれたコーヒーを飲みながらだらだらする事になった。
「今かかってるレコード何?」
「これ?アルゾ・フロンテ」
 12弦の響きが美しい曲だ。
「ちょっとレコード見せてもらってもいい?」
 村松が聞く。
「いいよ。あっ、でもぜんぜん整理してないからね」
 Nの持っているレコードコレクションは村松にはまったく初めての音楽の世界だった。
 ジェシー・ウィンチェスター、オハイオノックス、ハーパース・ビザール、ジェイ&アメリカンズ、
etc.etc.・・・
 ・・・なんだこりゃ。見た事ないのばっかり・・・

 母親と兄の影響でプレスリーの洗礼を受けていたとはいえ、やはり村松の音楽との関わりはビー
トルズからだ。そして高校でバンドをやるようになるとメンフィス系ソウルもレパートリーに入るように
なる。そのバンドではベースを担当していた。というより、初めはポール・マッカトニーのようなベー
スを弾きたくてバンドを始めたようなものだった。しかし2年ほどバンドを続けるうちにやがてギター
の方が面白くなってしまい、ついにはそれまでのギターを追い出して自分がギターを弾き始めた。
 当時日本で流行りはじめたアートロックやホワイトブルースの影響をもろに受け、彼のギターの先
生はクラプトン、ベック、ペイジのいわゆる3大ギタリストをはじめ、その他のジョン・メイオール門下
生、ジミ・ヘンドリックス、マイク・ブルームフィールドなどのブルース系ギタリスト達だった。
 そんな村松がアメリカン・ロックミュージックにのめり込むようになったのは、このNのレコードコレ
クションとの出会いからである。

 となりの部屋で鰐川はヘッドフォンをつけてギターのコピーをしていた。村松がやってきて声をか
ける。
「何コピーしてるの?」
 ヘッドフォンをはずして鰐川がこたえる。
「デレク&ドミノスのベル・ボトム・ブルース」
「しぶいなぁ・・って、それカセットテープレコーダーじゃない」
「そう。Nさんちって金持ちのうえに新し物好きだからね」
「広告で知ってたけど実物見るの始めて。へ〜、こうなってるんだ。ちょっと触らせて」
 村松は珍しそうにカセットテレコのボタンをカチャカチャ押してみる。
「やっぱりオープンよりコピーに使うの楽そうだなぁ」
 この時代ウォークマンはおろかまだラジカセも出現していなく、テープの主流はオープンリール
のテレコだった。
「コピーのじゃましちゃったね」
「いや、いいんだ。そろそろ止めようと思ってたから。お腹空いちゃったしね」
 鰐川は立ち上がって金子とだべっているNさんを呼ぶ。
「Nさ〜ん。そろそろ飯にしない?」
「武川が来るまで待とうと思ってたんだけど」
「でもさ、遅くなりそうじゃない」
「そうだね。じゃあなんか作るかな」
 Nはそう言って母屋に材料をあさりに行った。