第二章:第六話



「いつでも来てくれていいよ。カギはいつも開いてるから」
 かくして村松の成増詣でが始まった。

   コーラスに参加した余韻に身体を火照らせながらも、さすがにその日はスカイラインを運転して
帰宅した村松はなかなか寝つけなかった。
「う〜ん、チクショウ。燃えるぜ。ぶつぶつ・・・」

 翌週村松はN宅の階段をギターケースを下げながら上がっていた。
 ちょうどそこへ階段を下りようとしてドアを開けた鰐川とはち合わせする。
「おはよう。あれ、ギター持ってきたの?」
「へへへ、持ってきちゃった。じつは車の中にアンプもあるんだ」
「じゃ手伝うよ」
 楽器を運びながら村松は聞く。
「ほかのみんなは?」
「山下と武川は朝方帰ったから夜にならないと来ないんじゃないかな。Nさんはもう一人仲間を迎
えにいってる」
「レコーディング作業はどんな感じ?」
「もう、あらかた終わっちゃって、あとはジャケットとかタイトルとか、そんなん」
「そうなんだぁ」
「それより早くギター見せてよ」
 部屋に上がって村松がギターケースを開ける。
「オーッ、ギブソンのSGモデルみたいだ。それにこの青いボディカラー」
「このギターさ、出力が高いからファズとかなくても結構歪むんだよね」
「えー、ファズなしでー。いいなぁ」
「ちょっと音出してみる?」
 と言いながら村松は持ってきたエコーのギターアンプにシールドをつなぐ。
「はいよ。ボリュームは4ぐらいまであげれば歪むから」
 ギターを受けとった鰐川はローコードを2、3弾いたあとおもむろに早いパッセージでフレーズを
弾きだした。
「ほんとだ。これくらいのボリュームで歪むんだ。すごい」
「ねえ、いま弾いたフレーズ何?」
「ああ、あれはディープ・パープルのハイウェイスターの触りの部分」
 村松は舌を巻いていた。
・・・こんなに早く正確にひけるのかぁ。だめだこいつにはかなわないなぁ・・・
「ちょっと待ってて。どうせならセッションしよう」
 そう言って鰐川は隣の部屋から自分のギターをとってきた。
「アンプは一緒に使わせてもらっていい?」
「いいよ」
「じゃなんか適当に弾くから」
 で、ブルースのセッションが始まる。
 鰐川のアドリブに合わせて村松がバックリフを弾く。
 鰐川の左指が華麗に指板の上でおどる。
 村松は確実にバックリフをキープする。
 鰐川のフレーズがスローなサイクルになりはじめた。
・・・よし。チャンス・・・
 村松がすかさず割り込んでフレーズを弾きだす。

「ただいまー。いるのは誰〜」
「お帰り〜」
 二人はセッションをやめて迎えに出る。
・・・これからっていうところだったのに・・・
 鰐川と村松は同時に思った。
 Nが長身の男をつれて部屋にあがった。
「紹介するよ。美術大学に通ってる金子君。ジャケットを書いてもらうんだ」
「やあ。ぼく鰐川。こっちが村松君」
「どうも。金子です」
「で、山下と武川は?」
「夜になるって言ってた」
「じゃあそれまでゆっくりしようよ。連チャンで疲れたからさ」
「麻雀?」
「違うって。レコーディング」
「はは、冗談だよ」
 村松がしらけた事を言う。