第二章:第五話



「じゃあ、そろそろやろうか」
 食事のあと1時間ほどだべってから山下が言うとみんな15畳の部屋にぞろぞろと移動した。
「今日はこのあとコーラス録るんだけど、どうします?」
 とNが聞いてくる。
「ちょっと見させてもらってもいいかな?」
「じゃあ、適当にその辺に腰かけて見てって」
 村松は積み上げられた布団のそばの椅子に腰かけてみんなの様子をながめる事にした。
 山下がミキサーの前に座り、大学ノートを開いて何か見ている。どうやら録音の進行表のようだ。
「コーラスはあと4曲残ってるけど・・・う〜ん、どれにしようかな・・・よし、シンシアリーにしよう」
「みんな、それでいいかな?」
「OK、いいよ」
 返事をしながら鰐川は部屋の中央にマイクをセットしている。
 Nと武川はヘッドフォンに延長コードをつなげている。
「レベル見るからちょっとやってくれる?」
 山下がミキサーの前でヘッドフォンを付けながら言う。
「ちょっと待って」
 ほかの3人もヘッドフォンを付けてマイクの前に立った。
「じゃあ、アカペラで。せーの」
「〜ウー、ドゥビー、ウー、ウィ、ウィ〜」
 村松は3人のコーラスを聞きながらびっくりした。
 ・・・こういうのってあるんだなぁ。俺達のバンドでは考えもつかなかったけど・・・
「鰐川は半歩下がって。Nさんは半歩前ね。武川は1歩後ろ」
 山下が指示する。
「OK、じゃあテープ回すよ」

 テープが回りだすと聞こえてくるのはヘッドフォンから漏れてくるカシャカシャという音だけだ。そ
して唐突に「〜ウー、ドゥビー、ウー、ウィ、ウィ〜」と3人が歌いだす。
 曲が終わると山下がテープを止めて言う。
「どうもNさんのパートが弱い、というか安定しないな・・・」
「そうだ。村松君って自分のバンドでボーカルとかコーラスってやってたよねぇ」
「うん、やってるけど」
「ちょこっとコーラス手伝ってくれないかなぁ。簡単だからさ」
「えっ!?コーラス?手伝う?今!?」
「いいから、いいから。Nさんとユニゾンでやって。ね」
 強引にヘッドフォンを渡され、しかたなく村松はマイクの前に立った。
「じゃ軽くリハね」
 と言いながら山下がテープを回す。
 ヘッドフォンからオケが流れてきて、コーラスの箇所にきた。
 村松は声を出してみてあせった。4人で一斉に歌い出すとヘッドフォンから聞こえてくる声の内
どれが自分の声だかわからなくなってしまったのだ。
「自分の声がわからなくなったら、片耳だけヘッドフォンはずすといいよ」
 鰐川がアドバイスしてくれる。
「なかなかいいじゃん。けっこう溶けてる」
 山下が持ち上げる。コーラスが決まるのを「溶けてる」と言うらしい。
「えーと、Nさんと村松君、半歩下がって。んじゃ本番」

 録音が終わってプレイバックしてる時、村松は自分の声が聞こえてくるのがイヤだった。なんとな
く浮いている感じがしてしかたがなかった。それでも初めての体験に心は浮き立っている。思わず
Nと山下に声をかけた。
「来週の休みの時、また来てもいいかな」