第二章:第三話



 二日後、村松はサラリーを貯めて買ったプリンス・スカイライン1500にエコーマシンを積み込ん
でN宅へむかう。
「Nの家は成増だったっけ。マトモに行くと1時間以上かかっちゃうな。よし、裏道行くか」
 ブリジストンから発売されたばかりの初の国産ラジアルタイヤに付け替えられたスカイラインは路
地を軽快に走り抜けていく。
「そうだ、カーラジオつけよっと」
 といいながらFENを選局する村松。
 そう。この時代、ミュージシャンを目指す若者がラジオといえば、それはそのままFENの事だ。セ
ンスのいい曲選びときつくコンプのかかった独特の音色がたまらなかった。
「おっ、ゲス・フーのシェアー・ザ・ランド。いいなぁ。さいこー」
 路地から中くらいの通りに出るとN宅が近くなる。
「と、そろそろかな」
「あった。あの灯籠の家だ。しかし、あいつの親父もへんな趣味だよなぁ。・・・灯籠のある家と呼ば
れたい・・・なんて。くっくっく」

「あれ?蔵がない!」
 広い敷地にスカイラインを止めて車をおりた村松はおもわずさけんだ。
「なして蔵がない?」
 2年前に来た時は正面に豪勢な日本家屋があって、その横手に造り酒屋の蔵があったのだ。当
時その蔵の中はがらんとして何もなく、まるで古い体育館のようだった。村松はその蔵をバンドの
練習場所として二度ほど使わせてもらった事がある。まだアマチュア用のリハーサルスタジオが皆
無だった時代だ。
 いま正面の豪勢な日本家屋はそのままだが、横手にあるのは1階が車庫2階が住居のまるで
テラスハウスのような建物だ。
「お〜い、村松く〜ん」
 テラスハウスの横の階段から長髪のヒッピーみたいな男が下りてくる。
「やぁ、Nさん。ひさしぶり。元気?」
 なぜかみんなNのことはさん付けでよぶ。
「あっ、それエコーマシン?やったー」
「うん。元気、元気。それよりみんな上にいるからあがってよ」
「山下もいるの」
「山下も鰐川もキーボードの武川も・・・って、武川は初めてだったっけ。とにかくバンドの連中みん
ないるから」
「じゃ、行こうか」
 と、階段を昇りはじめる二人。
「ねぇ、まえにあった蔵はどうしちゃったの?」
「いろいろあってね。壊して建て替えちゃったのよ」
「ふ〜ん、なんかもったいないね」
 2階のドアを開けるなりNが大声で言う。
「みんな〜。村松君がエコーマシン持って登場だぞ〜」