Chapter three : thirty-ninth episode



 村松は原宿に来ていた。
 ファッションに強いNが、小柄な村松にもフィットして、なおかつお洒落で値段も手ご
ろな店が原宿にあると教えてくれたのだ。
・・・クマはいいよなぁ。あの体型だからどこでも服買えるし・・・
・・・ター坊にしたって、身体に合う服売ってる店けっこうあるし・・・
・・・そこへいくと僕なんか、めったに合う服売ってないもんなぁ・・・
・・・サラリーマン時代の服はちょっとステージでは無理だし・・・
・・・え〜と、ミルクボーイ、ミルクボーイ・・・
 Nが教えてくれた店はミルクボーイという。最近できたヨーロッパモダンな店だ。
・・・あっ、ここだ・・・
「いらっしゃいませ」
 中へ入るとお洒落な女性が迎えてくれる。
「何かお探しでいらっしゃいますか?」
・・・うわ、なんか緊張する・・・
「あ、あの、黒いスーツとか・・・欲しいんです・・・」
「お客さまのお身体でしたら・・・ちょっとお待ちください」
・・・ますます緊張する・・・
「こちらなんかいかがでしょうか」
 スーツを何着か持ってきたあと、さらに村松にはちんぷんかんぷんな説明をしてくれる。
わかったような振りをして、とりあえず試着してみる。
「これでしたら、裾と袖をお直しすればピッタリですね。お似合いでございます」
・・・そんな歯の浮くようなこと言うなよ・・・
「じゃあこれください。おいくらですか」
「シャツやタイはいかがいたしますか?」
「あっ、それは手持ちがありますから」
「それではスーツ1点で、×××××円になります」
「!!!!」
 直しに3日かかるというので、代金だけ払って手ぶらで店を出た。
・・・なんだよNのやつ。どこが手ごろな値段なんだよ・・・
・・・ギャラの半分がなくなっちゃったじゃない・・・
・・・しかもギャラの入ってくるのは2、3ヶ月あとだし・・・
・・・まぁNさんち金持ちだし、お金の価値基準がちがうのかもな・・・
・・・に、しても1回しか着ないのに・・・
・・・この先なるべく冠婚葬祭にでも着ていくことにするかな・・・
 帰りの電車の中で村松はそんなことばかり考えていた。

 9月4日。羽田から飛行機で大阪に向かう。昼前に大阪厚生年金会館に到着。昼食後ゲ
ネリハが始まる。
 フルバンドと一緒にコーラスをやるのは初めてだったので大いに刺激を受けた。
 コンサートは無事終了し、4人は大阪伊丹空港から夜10時過ぎの飛行機で羽田に向か
う。
 この時代、国内線の最終便(ムーンライト便といっていた)はかなり遅い時間まであっ
て、地方でコンサートをやってもその日のうちに東京まで日帰りできたので、芸能関係者
はよくこの便を利用していた。
 9月14、15日。二日続けて渋谷公会堂でルネ・シマールのコンサート。
 今回はテレビカメラが入るという。
「じゃあ放映されるわけ?」
「うん、まだはっきりと放映日は決まってないらしいけど」
「あんまり見たくないなぁ」
「え〜、わたしは見るわよ」
 後日こっそり村松はルネ・シマールのコンサートをテレビで見た。
・・・あ〜、よかった。ほんのちょこっとしか映ってない・・・

 本番までは、どうなる事やらと思うくらいトラブルも多かったが、現場に入れば3回の
コンサートはあっという間だった。何はともあれ、ルネ・シマールの仕事は終わった。
 ルネはほんとうに妖精のような美少年だった。
 この仕事の合間に事務所に連絡が入り、難航していたレコーディングの話が本決まりに
なったという。
 レコード会社はエレック。時期は10月末。レーベルは大瀧詠一の主催するナイアガラ。
風都市が倒れたあといよいよ動き出したようだ。
「エレックって、あのズートルビのいるレコード会社?」
「うん。それだけじゃないけど」
「なんかイメージ違うなぁ」
「そんな事より、練習だよ、練習」
「オッケー」
「アレンジもちょっと見直そうかな」
「了解」
「とにかく、1に練習2に練習。3、4がなくて5に練習」
「りょ〜か〜い〜!!」
 シュガー・ベイブ1stアルバムレコーディングまで、あと1ヶ月半。
 がんばれシュガー・ベイブ。

                       第3章 完