Chapter three : first episode



 第3章 on the road
          「成長」

「ワニ遅いねえ」
 メリタのコーヒードリッパーにお湯を落としながら村松が言う。
「楽器屋に寄るから遅れるって電話があったけど」
 ター坊が応える。
「時間に几帳面なアイツにしては珍しい」
 これまた珍しく早く来ている山下が言う。
 野口はヘッドフォンでキャロル・キングのスペース・シップ・レースを聞きながらドラ
ムのフレーズをおさらいしている。
「野口くん悪いけど、もう少し静かに練習してくんないかなぁ。お湯のラインが乱れるん
だよね」
 ドリップ式でコーヒーを煎れる場合は、落とす湯の太さを一定にしないと味が落ちる。
不慣れな人間にはかなり神経のいる作業だ。
「あのさ僕まだコーヒー煎れるの初心者だからさぁ、って、聞こえてないじゃん」
 村松は後ろを振り返って、野口がヘッドフォンをしてるのを見てがっくりきた。よけい
にラインが乱れた。

 それから30分ほどして鰐川が汗をかきながら到着。
「わりい。楽器屋さんで手間取っちゃって」
「あれ?ベースのケースが違う」
 村松がめざとく指摘する。
「へっへっへ。わかる?」
 鰐川がいたずらを誉められたような顔をしながらケースを開ける。
「じゃ〜ん!買っちゃった」
 ケースを開けるとフェンダー・ムスタングベースが表われた。
「わお!」
「ムスタングだ!」
「かわいい」
「・・・新品」
 鰐川はベースを取り出しストラップを肩にかけると
「ほんとはプレジションかテレキャスタベースが欲しかったんだけど、予算の都合でこれ
にしちゃった」
 と残念そうに言うが、表情はぜんぜん残念そうじゃなかった。
「でさ、早くリハやろうよ」
 やっぱり嬉しそうだ。
「いいなぁ。僕もギターなんとかしないと」
 村松がつぶやく。
 と、それを聞いた山下が突然思い出した。
「あっ、そうだ。村松くんさ、中古のストラト売りたいっていう人がいるんだけど」
「え〜!はやく言ってよ。で、だれ?」
「ジプシーブラッドのひょこ坊なんだけどさ」
「僕その人知らないんだけど」
「そうだっけ。彼名前なんていったかな・・・たしか永井くんだったかな」
 永井充男。ジプシーブラッドのメンバー。このあとすぐ金子マリ&バックスバニーを結
成し、その後多くのセッションに参加している。
「いくらぐらいで売りたいのかなぁ」
「10万だって」
「ほんと?・・・う〜・・・買う!連絡つけて」